鑑定の方法論

同じマンションなのに鑑定評価額が違うのはなぜ?― 差が生まれる4つの分岐点

同じマンションの同じ住戸でも、鑑定士が違えば鑑定評価額は分かれます。差が生まれるのは価格時点・依頼目的(価格の種類)・採用事例・補正と試算価格の調整の4点。1,200万円の差を要因別に分解する想定ケースを示しながら、説明できる差と説明できない差の見分け方を鑑定士が解説します。

著者:吉田 健人·読了 約16
同じマンションなのに鑑定評価額が違うのはなぜ?― 差が生まれる4つの分岐点

遺産分割の調停で、相続人それぞれが鑑定評価書を提出した。開いてみると、同じ一つの住戸について、一方は1億2,000万円、もう一方は1億800万円と書かれている。こうした場面に立ち会うたび、依頼者の方から必ず同じ質問を受けます。「鑑定評価というのは、人によって答えが変わるものなのですか」と。

結論から申し上げます。鑑定評価額に唯一の正解は存在しません。しかし、だからといってどんな差でも許されるわけではありません。鑑定評価額の差には、前提の違いから生じる「説明できる差」と、書面の不備から生じる「説明できない差」があり、この二つはまったく別物です。区別せずに「鑑定はばらつくものだ」と片付けてしまうと、本来こちらに有利だったはずの交渉で足元をすくわれます。

本記事では、都心の高級マンション・タワーマンションの評価で差が生まれる4つの分岐点を整理し、手元にある2通の評価額の差を自分で分解する手順を、私たち鑑定士の立場からご説明します。

鑑定評価は「計測」ではなく「判定」です

法律が「判定」と書いている意味

不動産の鑑定評価に関する法律第2条第1項は、不動産の鑑定評価を「不動産(中略)の経済価値を判定し、その結果を価額に表示すること」と定めています。使われているのは「計測」でも「算出」でもなく、判定という言葉です。面積は測れば一つに決まりますが、不動産の価値は、どの時点で、何のために、どの取引と比べて見るかによって姿を変えます。そのうえで専門職業家として一つの数字に絞り込む作業が鑑定評価です。担当する鑑定士が違えば判定の過程に差が出るのは、制度上むしろ当然なのです。

それでも「何でもあり」ではありません

一方で、不動産鑑定評価基準(国土交通省が定める、不動産鑑定士が鑑定評価を行う際の統一的な基準。現行版は平成26年5月1日一部改正)は、総論第8章第8節で「対象不動産の価格形成を論理的かつ実証的に説明できるようにすることが重要である」と定めています。基準が求めているのは、誰がやっても同じ数字になることではなく、なぜその数字になったのかを第三者が検証できる形で示すことです。差があること自体は問題ではありません。差の理由が書面から読み取れないことが問題なのです。

差が生まれる4つの分岐点

高級マンションの評価で結果が分かれる原因は、おおむね次の4つに整理できます。

分岐点何が変わるのか差の性質
価格時点いつ時点の価格を求めたか前提の違い
依頼目的・価格の種類何のための価格か前提の違い
採用事例どの取引と比べたか判断の違い
補正と試算価格の調整差をどう数値化したか判断の違い

上の2つは前提条件の違いで、突き合わせれば機械的に説明がつきます。下の2つは鑑定士の判断が入る領域で、ここに説得力の差が表れます。

分岐点1:価格時点 ― 「いつの価格か」がずれている

価格時点は依頼目的によって決まります

価格時点(不動産の価格の判定の基準日)について、不動産鑑定評価基準 総論第5章第2節は、鑑定評価を行った年月日を基準として現在時点・過去時点・将来時点に分けられると整理しています。今日の価格を求めることもあれば、3年前の相続開始日の価格を求めることもあるということです。

価格時点は鑑定士が好きに選べるものではなく、依頼目的によって決まります。相続税の申告は相続開始時、遺産分割の協議は分割時点の時価が原則です。離婚の財産分与では、財産の範囲の確定は別居時、評価は裁判時を基準とする扱いが実務上定着しています。ここがずれていれば、後の作業がどれほど精緻でも、二つの金額は最初から比較できません。「相手方の評価額が低い」と感じたとき、原因が単に価格時点の違いだったという例は珍しくありません。

都心マンションでは半年の差が金額に出ます

価格時点が異なる場合、鑑定士は取引事例の価格を価格時点まで修正します(時点修正)。修正の根拠には、国土交通省「不動産価格指数」や東日本不動産流通機構(東日本レインズ)が公表する首都圏中古マンションの成約単価の推移などを用います。都心の高級マンション市場では、半年で数パーセント水準が動くことが珍しくありません。仮に1億800万円の住戸で価格時点が6か月ずれ、その間の市場変動が3.0%であったとすれば、それだけで約324万円の差が生まれます。中身の吟味に入る前に、まず表紙の価格時点を見比べてください。

分岐点2:依頼目的と「価格の種類」― 何のための価格か

正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格

不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節は、求める価格を4種類に分けています。この分類を知らないまま二つの金額を比べると、噛み合わない議論になります。

価格の種類どういう価格かマンションでの場面
正常価格通常の市場で成立する市場価値遺産分割・財産分与・売買
限定価格市場が限定される場合の取得部分の価値隣接住戸の買増し、共有持分の買取り
特定価格法令等の要請で正常価格の前提を満たさない場合の価値早期売却を前提とする場合など
特殊価格市場性を有しない不動産の価値文化財等(マンションではまれ)

たとえば、隣の住戸を買い増して1戸にまとめる場面で求める限定価格は、正常価格より高くなるのが通常です。買い手が実質的に隣接住戸の所有者に限られ、併合によって生まれる価値の増分が価格に反映されるからです。正常価格の評価書と限定価格の評価書を並べて「金額が違う」と論じても意味がありません。二つは別の問いへの別の答えだからです。

成果物の種類も確認してください

もう一つ見落とされやすいのが、成果物そのものの種類です。国土交通省「依頼目的に応じた価格等調査ガイドライン」(平成21年8月28日策定、平成22年1月1日施行)は、基準のすべてに則って行う鑑定評価と、一部の手順を省略する価格等調査とを区別しています。協議の初期段階は価格等調査報告書(鑑定評価基準に則らない範囲で価格の調査結果を報告する書面)、調停・訴訟の資料は鑑定評価書という使い分けが基本で、両者の金額が多少異なるのは調査の深さが違う以上当然の帰結です。

さらに実務上いちばん多いのは、そもそも一方が鑑定評価書ですらなかったというケースです。不動産会社が作成する査定書は、宅地建物取引業法第34条の2第2項に基づき媒介契約に際して価額の意見を述べるもので、根拠の明示は求められるものの、不動産鑑定評価基準に従う義務はありません。査定額と鑑定評価額を並べて「鑑定はばらつく」と結論づけるのは、制度の違いを見落とした議論です。

分岐点3:採用事例 ― どの取引と比べたのか

基準は事例選択に4つの要件を課しています

取引事例比較法(近隣の取引事例と対象を比較して価格を求める手法)で使う事例について、不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節は次の要件をすべて備えるものから選ぶよう定めています。

  • 近隣地域または同一需給圏内の類似地域等に存する不動産、もしくは同一需給圏内の代替競争不動産であること
  • 取引の事情が正常であるか、正常なものに補正できること
  • 時点修正が可能で、地域要因および個別的要因の比較が可能であること

手法そのものの考え方は「取引事例比較法とは?マンション鑑定の基本手法を鑑定士がやさしく解説」をご覧ください。

高級マンションでは「同じ棟の事例」が取れないことがあります

問題は、要件を満たす事例が都心の高級マンションでは慢性的に不足していることです。総戸数の少ないヴィンテージマンションでは、年間の成約が数戸にとどまることも珍しくありません。同一棟内の事例が取れれば建物のグレードや管理状態といった条件が揃うため精度は跳ね上がりますが、取れなければ近隣の類似グレード物件まで範囲を広げるほかありません。

このとき、どこまでを同一需給圏内の類似地域等と見るか、どの物件を代替競争不動産と認めるかは鑑定士の判断です。加えて、私たち鑑定士が閲覧できる取引事例資料には地域や時期の制約があり、二人の鑑定士が同じ住戸を評価しても手元の事例が同一である保証はありません。条件の近い事例を掴めた鑑定士と、掴めずに範囲を広げた鑑定士とでは、比準価格が数パーセント違ってきます。

だからこそ、評価書に採用事例の概要(所在・階層・面積・取引時期・取引価格)が記載されているかどうかが、検証可能性の分かれ目になります。

分岐点4:補正と試算価格の調整 ― 判断が最も表れる場所

階層別効用比の置き方で数百万円が動きます

同一マンション内でも、階層・方位・眺望によって価格は大きく違います。この差を数値化する道具が階層別効用比(各階の効用の相対比)と位置別効用比です。ところが、1階層上がるごとに何パーセント上乗せするかという数値は基準に書かれておらず、当該棟や近隣の取引実績から鑑定士が分析して設定するものです。

仮に1階層あたり0.4%と見る鑑定士と0.8%と見る鑑定士がいれば、10層の差がある住戸では約4%の開きが生じます。1億円台の住戸であれば数百万円です。この論点は「階層別格差分析 ― 同一マンション内の価格差はどこまで反映するか」で掘り下げています。

想定されるケース:1,200万円の差を分解してみる

冒頭の例に戻ります。都心のタワーマンション1住戸について、A鑑定士が1億2,000万円、B鑑定士が1億800万円と評価し、差は1,200万円(高い方に対して10.0%)でした。この差を分解すると、次のように説明がつきます。

差の要因内容影響額
価格時点6か月の差、市場変動3.0%約324万円
採用事例同一棟内事例の有無による比準価格の違い約456万円
階層別効用比1階層あたり0.4%と0.8%の設定差約420万円
合計約1,200万円

このように分解できたなら、1,200万円は「説明できる差」です。価格時点を揃え、事例の採否を議論し、効用比の根拠を突き合わせれば、両者の距離は縮まります。逆に、どの要素で差がついたのか書面から読み取れないのであれば、金額の当否以前に、説明責任が果たされていないことになります。

試算価格の調整は、最も書き手の判断が出る箇所です

複数の手法で試算価格を求めたあと、鑑定士はそれらを調整して鑑定評価額を決定します。不動産鑑定評価基準 総論第8章第8節は、この調整を「各試算価格(中略)の再吟味及び各試算価格(中略)が有する説得力に係る判断を行い、鑑定評価における最終判断である鑑定評価額の決定に導く作業」と定義しています。

たとえば比準価格1億2,000万円、収益価格9,500万円と試算された住戸で、自用を前提とする高級マンションであることを理由に比準価格を重視するのは、それ自体は合理的です。しかしその理由が一行も書かれていなければ、読み手には検証のしようがありません。結論の金額よりも、この調整の記述量を見てください。

説明できる差と、説明できない差の見分け方

差を分解する3つのステップ

2通の評価書が手元にあるとき、次の順で読み比べてください。実務上、多くの差はステップ1で説明がついてしまいます。

  1. 基本的事項を並べる ― 価格時点、価格の種類、対象確定条件(現況のままか、賃借人がいない前提か等)、成果物が鑑定評価書か価格等調査報告書か
  2. 採用事例を突き合わせる ― 採用件数、同一棟内事例の有無、取引時期が価格時点からどれだけ離れているか
  3. 補正率と調整過程を読む ― 階層・方位・眺望の補正率の根拠、試算価格の調整理由の記載

「説明できない差」に共通するサイン

次のいずれかに当てはまる場合、その差は前提の違いではなく、書面の不備に由来している可能性があります。

  • 採用事例の概要が記載されておらず、比較の過程が追えない
  • 補正率の数値だけが並び、根拠となる分析が示されていない
  • 試算価格に乖離があるのに、調整の理由が実質的に書かれていない
  • 依頼目的と価格の種類が対応していない(遺産分割の資料に限定価格が用いられている等)

評価書の読み方全般は「鑑定評価書の読み方・見方 ― 受け取ったら確認したい5つのチェックポイント」もあわせてご活用ください。

セカンドオピニオンは「差の性質」で使い分けます

差の原因が前提条件にあると分かったなら、必要なのは新しい評価書ではなく、前提を揃えたうえでの再整理です。一方、事例の採否や補正率の設定という判断そのものに納得できないのであれば、検証に耐える反証として、別の鑑定士による鑑定評価書を取得する意味があります。

まとめ

鑑定評価額が2人の鑑定士で分かれることは、制度の欠陥ではありません。問われているのは、その差が書面から説明できるかどうかの一点です。要点を振り返ります。

  • 不動産の鑑定評価に関する法律第2条は鑑定評価を経済価値の「判定」と定めており、唯一の正解が存在する作業ではない
  • 不動産鑑定評価基準 総論第8章第8節は、価格形成を論理的かつ実証的に説明できることを求めている。差の存在ではなく、説明の欠落が問題になる
  • 分岐点は「価格時点」「依頼目的・価格の種類」「採用事例」「補正と試算価格の調整」の4つ。前2つは前提の違い、後2つは判断の違い
  • 想定したケースでは1,200万円の差が価格時点324万円・採用事例456万円・階層別効用比420万円に分解でき、いずれも議論可能な差だった
  • 採用事例の概要、補正率の根拠、試算価格の調整理由のいずれかが欠けている評価書は、金額の当否以前に検証可能性を欠く
  • 差の原因が前提条件なら前提を揃えた再整理を、判断の違いなら反証としての鑑定評価書を。法律判断は弁護士、税務の取扱いは税理士にご確認ください

2通の評価書を前にどちらを信じるべきか決めかねている相続人・当事者の方、依頼者のために評価の妥当性を検証したい弁護士・税理士の先生は、まず表紙の価格時点と価格の種類を見比べることから始めてください。それだけで説明のつく差は少なくありません。

そのうえでなお差の理由が読み取れないときは、初回無料相談をご利用ください。都心の高級マンション・タワーマンションの評価について、お手元の評価書の論点整理と、必要な成果物・概算費用をご案内します。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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