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富裕層の資産管理で不動産をどう点検するか ― 時価・簿価・相続税評価額の3つの数字

富裕層の資産管理で不動産はどの数字で把握すべきか。PB・IFA向けに、時価・簿価・相続税評価額の3つを保有目的別に並べる年次レビューの枠組みと、想定ケースの試算、鑑定評価が必要な場面を鑑定士が解説します。

著者:吉田 健人·読了 約14分
富裕層の資産管理で不動産をどう点検するか ― 時価・簿価・相続税評価額の3つの数字

富裕層の資産管理では、金融資産は日々の時価で把握されている一方、不動産だけが「買ったときの金額」や「固定資産税の通知書の金額」のまま据え置かれていることが少なくありません。プライベートバンカー(PB)やIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)の方からも、「顧客の総資産のうち不動産をどの数字で載せればよいのか分からない」というご相談をいただきます。

結論から申し上げると、不動産は1つの数字では把握できません。保有目的(居住・賃貸・法人保有)ごとに、時価(いま市場で売れる価格)・簿価(取得価額や帳簿上の金額)・相続税評価額の3つの数字を並べ、年1回の見直しで差の大きさと変化を確認する。これが資産の棚卸しとしての不動産点検の基本形です。3つの数字の差こそが、売却・承継・法人取引の場面で問題が起きる場所を教えてくれます。

本記事では、PB・IFA・資産管理担当の方に向けて、富裕層の不動産を点検する枠組みと保有目的別のチェック項目を、想定されるケースの試算とあわせて私たち鑑定士の視点で整理します。なお、本記事は点検の観点を示すものであり、個別の不動産や金融商品の売買をおすすめするものではありません。

富裕層の資産管理で不動産が「見えにくい」理由

富裕層の定義そのものが不動産を含まない

野村総合研究所の推計(2025年2月公表、2023年時点)では、純金融資産1億円以上の富裕層・超富裕層は合計約165.3万世帯、その純金融資産の総額は約469兆円とされています。ここでいう純金融資産は、預貯金・株式・投資信託などから負債を差し引いたもので、不動産は含まれていません。

つまり「富裕層」という区分は金融資産の大きさで決まっており、都心のタワーマンションや賃貸用の区分所有マンション、資産管理会社が持つ不動産は、そもそも統計の外にあります。金融機関の顧客管理も同じ構造になりやすく、不動産は顧客の自己申告の金額が何年も更新されないまま、ということが起こります。

不動産には複数の「価格」がある

不動産には、実際の取引の水準を示す時価のほかに、地価公示価格、相続税の路線価(地価公示価格の8割程度が目安)、固定資産税評価額(同7割程度が目安)といった公的な価格が並立しています。いわゆる「一物四価」です。

金融資産であれば「時価=相続税評価額」となるものが多いのに対し、不動産は目的ごとに数字が異なります。どの数字を資産表に載せているのかを意識しないまま合計すると、総資産の大きさも、相続税の見込みも、売却したときの手取りも、実態とずれてしまいます。

取得から年数が経つほど数字の差が開く

都心の高級マンションは、ここ10年で取得価額と時価の差が大きく開いたものが少なくありません。取得価額で資産表に載せたままだと、含み益が見えず、売却時の譲渡所得税や、相続時の分割の難しさを過小評価することになります。逆に、市況が弱含む局面では、時価が簿価を下回っていることに気づくのが遅れます。

富裕層の不動産は「3つの数字」を並べて資産管理する

時価:いま市場で成立する価格

時価は、不動産鑑定評価基準でいう正常価格(市場性を有する不動産について、合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格)に相当する数字です。売却・買換え・担保・財産分与など、「いくらで動くか」が問われる場面で基準になります。

注意したいのは、売出価格やポータルサイトの推定価格は時価そのものではない点です。高級マンションは取引件数が少なく、同じ棟でも階層・方位・眺望で価格差が大きいため、成約事例に基づいて住戸ごとの補正を行わなければ、時価はつかめません。

簿価(取得価額):売却や法人取引の起点になる数字

個人保有であれば取得価額(購入代金+取得費用)から建物の減価償却相当額を差し引いたものが、売却時の譲渡所得を計算する起点になります。法人保有であれば帳簿価額です。時価と簿価の差は「含み益(含み損)」であり、売却や法人への移転、組織再編の場面で税負担や会計処理に直結します。具体的な税額は税理士にご確認ください。

相続税評価額:承継の場面で使われる数字

相続税評価額は、財産評価基本通達に基づき、土地は路線価等、建物は固定資産税評価額を基に算定されます。区分所有マンションについては、2024年1月1日以後の相続・贈与から「居住用の区分所有財産」の評価方法が改正され、築年数・総階数・所在階・敷地持分狭小度から求める区分所有補正率によって、評価額が時価の6割程度を下回らないよう調整されるようになりました。

ただし、この6割の基準は統計から推計した理論上の市場価格に対するものであり、実際の成約価格が高い高層階や人気の棟では、時価との差がなお大きく残ることがあります。

3つの数字の役割を一覧にする

数字何を表すか主な使い道見直しの目安
時価いま市場で成立する価格売却・担保・財産分与・同族間取引年1回+取引前
簿価(取得価額)取得にかかった金額・帳簿上の金額譲渡所得の計算・法人の会計処理取得・改修時
相続税評価額通達に基づく課税上の評価相続税・贈与税の見込み年1回(路線価公表後)

保有目的別に見る不動産の年次レビュー項目

居住用(自宅のタワーマンションなど)

自宅は「売る予定がないから時価は不要」と考えられがちですが、相続時の分割、住み替え、離婚時の財産分与では、時価が必ず問われます。年次レビューでは次の点を確認します。

  • 時価と相続税評価額の差(相続時に誰が自宅を取得するかで、相続人間の公平に影響する)
  • 管理組合の修繕積立金の水準と大規模修繕の予定(時価に影響する)
  • 住宅ローンの残高と時価の関係

賃貸用(区分所有マンション・1棟)

賃貸用の不動産は、利回りだけでなく「その利回りが時価に対してどうか」を見ます。取得価額に対する利回りは高く見えても、時価に対する利回りは低下していることがあり、保有方針を見直す材料になります。

  • 賃料の水準と空室の状況、賃貸借契約の更新時期
  • 時価に対する実質利回り(取得価額ベースと比べる)
  • 修繕計画と今後の支出見込み

法人保有(資産管理会社・社宅)

資産管理会社や事業会社が持つ不動産は、帳簿価額のまま長く据え置かれやすい領域です。点検の観点は次のとおりです。

  • 帳簿価額と時価の乖離(非上場株式の評価や、組織再編・同族間取引の前提になる)
  • 取得から3年以内の不動産の有無(後述)
  • 役員社宅として使っている場合の賃料設定の妥当性

法人への不動産移転の考え方は資産管理会社への不動産移転、時価はいくら? ― 低額譲渡リスクと鑑定評価で詳しく解説しています。

想定されるケース:3つの数字を並べると何が見えるか

前提:3物件を保有する顧客の資産表

以下は、実在の案件ではなく「想定されるケース」です。金額は説明のための仮の数字です。

60代の顧客が、次の3物件を保有しているとします。資産表には、これまで取得価額だけが記載されていました。

物件簿価(取得価額)時価(想定)相続税評価額(想定)
A 自宅タワーマンション高層階1億2,000万円2億4,000万円1億1,000万円
B 賃貸用区分マンション6,000万円8,500万円4,200万円
C 資産管理会社保有マンション(2年前取得・株式評価上の価額)1億5,000万円1億5,500万円1億5,500万円
合計3億3,000万円4億8,000万円3億700万円

見えてくる論点1:資産表の総額が1億5,000万円少なかった

取得価額で合計していた資産表は3億3,000万円でしたが、時価で並べると4億8,000万円になります。1億5,000万円の差は、ポートフォリオ全体に占める不動産の比率を大きく変えます。金融資産のリスク配分を議論する前提として、不動産を時価で載せる意味はここにあります。

見えてくる論点2:自宅の時価と相続税評価額の差

物件Aは、時価2億4,000万円に対して相続税評価額1億1,000万円と、評価額が時価の46%程度にとどまっています。2024年の改正後も、実際の成約価格が高い高層階ではこのような差が残り得ます。

この差は、相続人の一人が自宅を取得し、他の相続人に代償金を支払う場面で問題になります。相続税評価額を基準に代償金を決めると、自宅を取得する人が時価との差額分だけ有利になり、他の相続人との間で不公平が生じます。また、相続直前の取得など、評価の差を利用した対策が過度になれば、令和4年4月19日の最高裁判決のように財産評価基本通達総則6項により時価(鑑定評価額)で評価し直されるおそれもあります。詳しくは令和4年最高裁判決が変えた相続税評価の常識をご覧ください。

見えてくる論点3:法人保有の物件は「取得後3年以内」に注意

物件Cは、相続税評価額が時価とほぼ同じになっています。これは、財産評価基本通達185が、非上場株式を純資産価額で評価する際、評価会社が課税時期前3年以内に取得した土地・家屋は「通常の取引価額」で評価すると定めているためです。法人を通じて取得すれば評価が下がると考えられがちですが、取得から3年以内は時価で評価される前提で資産表を作る必要があります。

3年を過ぎた後は通常の評価方法に移るため、年次レビューで「取得日」と「3年経過日」を記録しておくことが点検の要になります。株式評価や税額の具体的な計算は税理士にご確認ください。

年次レビューの進め方と鑑定評価の使いどころ

毎年の更新は「時価の目安」で足りる

年1回の資産の棚卸しで、全物件に正式な鑑定評価を入れる必要はありません。平時の点検では、国土交通省の不動産情報ライブラリの成約価格情報や、同じ棟・近隣の成約事例、地価公示・路線価の変動率から時価の目安を更新し、3つの数字の差の変化を追えば十分です。

大切なのは、目安の数字をどの資料から、どのように求めたかを資産表に残しておくことです。根拠が残っていれば、差が急に広がった物件を見逃しません。

正式な評価が必要になる5つの場面

次の場面では、目安ではなく第三者に説明できる評価が必要になります。

  • 相続税の申告や、遺産分割・代償金の算定で時価が争点になるとき
  • 親族間・同族会社との間で不動産を売買・移転するとき
  • 法人の減損判定や組織再編で不動産の時価が必要になるとき
  • 離婚に伴う財産分与で不動産の価格を決めるとき
  • 金融機関・税務署・裁判所など第三者へ提出するとき

これらの場面では、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書が求められます。マンション1室の鑑定評価書は40万円〜(税別)です。まず金額の目安を把握したい段階では、目的と範囲を限定した価格等調査報告書(15万円〜・税別)を使う方法もあります。複数の物件をまとめて評価する場合は1物件あたり10万円〜の加算が目安です。詳しくは料金のご案内をご覧ください。

PB・IFAと専門家の役割分担

PB・IFAの方が担うのは、顧客の資産全体を俯瞰し、「どの不動産の、どの数字を、いつ確かめるべきか」を顧客と共有することです。不動産の価格判定は鑑定士、税額の計算は税理士、紛争や契約の論点は弁護士と、専門家に分担することで、顧客への説明の精度が上がります。

当事務所では、士業・金融機関の方からのご紹介案件について、窓口・使途・提出先を最初に整理したうえでお受けしています。ご紹介の流れは税理士・弁護士の先生方へにまとめています。

まとめ

富裕層の不動産は、1つの数字では管理できません。保有目的ごとに時価・簿価・相続税評価額の3つを並べ、年1回その差を確かめることが、資産管理の出発点です。

要点を振り返ります。

  • 富裕層の区分(純金融資産)は不動産を含まないため、不動産は資産表の中で見落とされやすい
  • 不動産は時価・簿価(取得価額)・相続税評価額の3つの数字を物件ごとに並べて把握する
  • 居住用は分割時の公平、賃貸用は時価ベースの利回り、法人保有は含み益と取得後3年以内の扱いが点検の要
  • 想定ケースでは、取得価額で合計した資産表が時価より1億5,000万円少なく、自宅は評価額が時価の46%程度だった
  • 平時は時価の目安で更新し、相続・同族間取引・財産分与・第三者提出の場面では鑑定評価書を使う

顧客の資産全体を預かるプライベートバンカー・IFAの方、ファミリーオフィスや資産管理会社のご担当者様、そして富裕層の顧客を持つ税理士・弁護士の先生にこそ、不動産を3つの数字で点検する枠組みを取り入れていただきたいと考えています。

都心の高級マンション・タワーマンションを含む資産の点検や評価をご検討の方は、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談では、保有物件の一覧を伺いながら、正式な評価が必要な物件と時期を一緒に整理します。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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