修繕積立金の値上げでマンションの価値は下がる? ― 危ないのは値上げしない棟です
修繕積立金の値上げは資産価値を下げるのか。工事費が10年で約3割上がった背景、値上げが買い手の借入余力を削る額、据え置いた棟が抱える30年間の不足額を数値で対比し、月額ではなく積立総額と長期修繕計画を見る視点を鑑定士が整理します。

総会の議案書に「修繕積立金改定の件」を見つけたとき、多くの区分所有者がまず考えるのは月々の負担増であり、次に浮かぶのは「うちのマンション、売るとき不利にならないだろうか」という不安ではないでしょうか。
しかし、私たち鑑定士が価格形成要因として管理の状態を見るとき、注意深く読むのは月額の数字そのものではありません。読むのは、その金額が長期修繕計画の必要額に対して足りているかどうかです。この観点に立つと、結論は多くの方の直感とは逆になります。危ないのは、値上げした棟ではなく、値上げできなかった棟です。断言します。
本記事では、積立金の改定が相次いでいる背景を整理したうえで、適正な改定を実行した棟と据え置いた棟の将来負担を数値で対比し、表面の月額ではなく積立総額と長期修繕計画を見るという視点を鑑定評価の枠組みから説明します。
なぜ今、値上げが相次いでいるのか
工事費はこの10年で約3割上がった
修繕積立金の改定が増えている最大の理由は、原資の側ではなく支出の側にあります。国土交通省「建設工事費デフレーター」(2015年度=100)では、建設総合の指数が2025年時点で130前後の水準にあり、この10年で工事費がおよそ3割上昇した計算になります。材料費に加え、労務費の上昇が大きく効いています。国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(令和6年6月改定)も、修繕工事費の変動要因として建設業の担い手不足や技能労働者の就労環境の変化による労務費の変動を挙げ、必要に応じて上昇分を考慮することの重要性に触れています。
長期修繕計画は、作成時点の工事単価で将来の費用を見積もっています。10年前の単価で組んだ計画をそのまま走らせれば、実際の発注時に3割の不足が顕在化する。これが、いま全国の管理組合で同時に起きていることです。
新築時の設定が低く抑えられてきた構造
もう一つの理由は、分譲時の設定水準にあります。国土交通省「令和5年度マンション総合調査」によれば、修繕積立金の積立方式は全体で均等積立方式が40.5%、段階増額積立方式が47.1%ですが、2015年以降に完成したマンションに限ると、段階増額積立方式が81.2%、均等積立方式はわずか11.0%です。
段階増額積立方式(当初の積立額を低く抑え、段階的に引き上げていく積立方法)を採用した棟では、値上げは想定外の事態ではありません。分譲時の計画に最初から織り込まれた予定行動です。同調査で、平成27年以降に完成したマンションの月/戸当たり修繕積立金の平均が11,405円と、全体平均の13,054円を下回っているのも、この構造を反映しています。築浅なのに積立金が安いのは、管理が優秀だからではなく、これから上げる前提だからです。
値上げは本当に価格を下げるのか
月額負担の増加が買い手の購入余力を削るのは事実
まず、値上げが価格にマイナスに働く経路は確かに存在します。中古マンションの買い手は、住宅ローン返済額と管理費・修繕積立金を合わせた月々の総支出で購入可否を判断するためです。
想定されるケースで計算します。専有面積80平方メートルのタワーマンションで、修繕積立金が月18,000円から月27,000円へ9,000円引き上げられたとします。買い手の月々の支払可能額が一定なら、この9,000円は住宅ローン返済に回せたはずの金額です。借入金利1.5%・返済期間35年・元利均等返済の条件では、毎月返済額9,000円に対応する借入元本はおよそ294万円になります。
つまり、月9,000円の値上げは買い手の借入余力を約294万円縮めます。物件価格1億5,000万円であれば約2.0%に相当する水準で、無視できる差ではありませんが、価格が2割下がるといった話でもありません。
理屈の上では収益還元法でも説明できる
同じことは、収益の側からも説明できます。詳しくは収益還元法をマンションでわかりやすくで解説していますが、収益価格は純収益(賃料収入から必要諸経費を差し引いた額)を還元利回り(純収益を価格に換算するための利率)で割って求めます。修繕積立金は所有者が負担する経費ですから、年10万8,000円の負担増は、そのまま純収益の減少として効きます。
還元利回りを3.5%とすれば、10万8,000円÷3.5%で約309万円。先ほどの借入余力の計算と近い水準に着地します。異なる二つのアプローチが同じオーダーの数字を示すこと自体が、影響の大きさの目安になります。
ここまでは、値上げ反対の主張に理があるように見えます。問題は、この計算が「値上げしなければ何も起きない」という前提に立っている点です。その前提は成り立ちません。
値上げしない棟で何が起きるか
積立不足のマンションは36.6%
令和5年度マンション総合調査では、長期修繕計画を定めて積立を行っているマンションのうち、現在の修繕積立金の残高が計画に対して不足していると回答した管理組合は36.6%にのぼります。不足していないと答えたのは39.9%にとどまり、残りは不明です。
さらに踏み込んだ数字もあります。同調査でマンション管理計画認定基準への適合状況を見ると、「修繕積立金の平均額が著しく低額でない」という項目を満たすマンションは37.4%にとどまります。裏を返せば、6割超のマンションが、国の示す最低限の水準に達していない積立計画で走っていることになります。
長期修繕計画を5年を目安に定期的に見直しているのは63%で、約37%は定期的な見直しが行われていません。工事費が3割上がった局面で計画を見直していないということは、不足額を認識しないまま時間が過ぎているということです。
先送りされた負担は消えず、条件が悪くなって戻ってくる
積立が不足したまま大規模修繕の時期を迎えた棟は、一時金を徴収するか、金融機関から借り入れるか、工事の範囲を削って時期を先送りするかのいずれかを選ぶことになります。
いずれも所有者の負担であることに変わりはなく、むしろ条件は悪化します。一時金は住宅ローンとは別に現金で用意する必要があり、借入には金利がかかり、先送りされた劣化は次回工事の費用をさらに押し上げます。そして最も厄介なのは、いずれの選択肢も総会決議を要する点です。前掲ガイドラインも、将来の負担増を前提とする積立方式について、増額しようとする際に区分所有者間の合意形成ができず修繕積立金が不足する事例が生じていると指摘しています。
判断軸は月額ではなく、積立総額と計画
国土交通省ガイドラインの目安
自分の棟の水準が適正かどうかは、専有面積1平方メートル当たりの月額単価に直して、国土交通省のガイドラインが示す目安と比べるのが出発点です。同ガイドラインは、長期修繕計画366事例を分析し、計画期間全体での修繕積立金の平均額の目安を次のように示しています(機械式駐車場分を除く)。
| 地上階数・建築延床面積 | 事例の3分の2が包含される幅 | 平均値 |
|---|---|---|
| 20階未満・20,000平方メートル以上 | 190〜325円/平方メートル・月 | 255円/平方メートル・月 |
| 20階以上 | 240〜410円/平方メートル・月 | 338円/平方メートル・月 |
20階以上の区分だけ水準が高いのは、外壁等の修繕に特殊な足場やゴンドラが必要になり、共用部分の占める割合も高くなるためです。タワーマンションの積立金が高いのは、割高だからではなく、高くなる理由があるからです。機械式駐車場がある場合は、機種に応じた加算(例えば2段ピット1段昇降式で1台当たり月6,450円)を総専有床面積で割った単価を、上の目安に上乗せして比較します。
令和6年6月改定で示された引上げの考え方
令和6年6月の改定では、段階増額積立方式における適切な引上げの考え方が新たに示されました。均等積立方式とした場合の月当たり金額を基準額とし、計画の初期額は基準額の0.6倍以上、最終額は1.1倍以内に収めるという考え方です。初期から最終までの増加が、おおむね1.8倍の範囲に収まる設計と言い換えられます。
この考え方は早期に引上げを完了させ均等積立方式へ誘導することを目的としたもので、工事費高騰を踏まえた計画見直しにあたって現在の額を大幅に引き上げることを制限するものではない、とガイドラインは明記しています。大幅な改定は基準違反ではなく、むしろ是正行為として位置づけられているのです。
想定されるケース ― A棟とB棟
地上40階・専有80平方メートル・総戸数400戸のタワーマンションで、二つの管理組合を比べます。
| 項目 | A棟(適正改定) | B棟(据え置き) |
|---|---|---|
| 現在の月額(80平方メートル) | 27,000円 | 18,000円 |
| 平方メートル単価 | 338円 | 225円 |
| ガイドライン目安との関係 | 平均値並み | 下限240円を割り込む |
| 30年間の積立総額(戸当たり) | 約973万円 | 約648万円 |
30年間の積立総額の差は、戸当たり約325万円です。B棟の所有者はいま月9,000円を節約している代わりに、将来どこかの時点で325万円分の穴を埋めることになります。先に計算した「値上げによる価格影響 約294万円」と並べれば、どちらの負担が重いかは明らかでしょう。しかもB棟の325万円には、合意形成に失敗して工事自体が遅れるリスクが上乗せされます。
買い手の側も、この構造を学習しつつあります。築20年超でも価値が続くタワーとは?で触れたとおり、築年数を重ねても評価が維持される棟には、修繕の実施履歴と資金計画の裏づけがあります。
鑑定評価では値上げをどう扱うか
管理の状態は個別的要因として価格に反映する
不動産鑑定評価基準では、建物の維持管理の状態が価格形成要因の一つとして位置づけられています。私たち鑑定士は住戸の評価にあたり、管理組合の運営状況、長期修繕計画の内容と見直し時期、修繕積立金の残高と滞納状況、修繕の実施履歴を、個別的要因(対象不動産に固有の価格形成要因)として検討し、取引事例と比較する際の補正項目に織り込みます。
このとき、積立金の月額が周辺の同種物件より高いことは、それ自体ではマイナス要因になりません。評価上の判断は、その水準が長期修繕計画の必要額に見合っているか、計画が直近に見直されているか、将来の一時金徴収や借入が予定されていないかによって分かれます。水準論だけを扱った修繕積立金が高いマンションは資産価値も低い?と合わせてお読みいただくと、月額と積立総額のどちらを見るべきかが整理できるはずです。
引上げが税制上の優遇につながる場合もある
修繕積立金の額を一定以上に引き上げ、マンション管理適正化法に基づく管理計画の認定を受けた一定のマンションでは、適用期間内に一定の大規模修繕工事を行った場合、当該建物部分に係る翌年度分の固定資産税について、6分の1から2分の1以下の範囲内で市町村の条例が定める割合(参酌基準は3分の1)が減額される制度があります(マンション長寿命化促進税制。1戸当たり100平方メートル相当分まで)。
もっとも、令和5年度マンション総合調査で認定制度の基準を満たしているマンションは4.8%にとどまります。適用要件や手続は細かく、引上げを証明する書類の発行も必要ですので、具体的な適用の可否については税理士および所在する市区町村にご確認ください。私たち鑑定士がお示しできるのは、管理と修繕の状態が価格にどう反映されるかという評価上の判断です。
まとめ
修繕積立金の値上げは、月々の負担という意味では確かにマイナスです。しかし資産価値という観点では、値上げそのものより、値上げできないまま積立不足を抱えることのほうが、はるかに大きなリスクです。表面の月額ではなく、積立総額と長期修繕計画を見てください。
要点を振り返ります。
- 工事費は建設工事費デフレーターで見てこの10年に約3割上昇し、旧単価で組んだ長期修繕計画は不足を抱えている
- 2015年以降完成のマンションは81.2%が段階増額積立方式で、値上げは分譲時の計画に織り込まれた予定行動である
- 月9,000円の値上げが買い手の借入余力を削る額は約294万円(金利1.5%・35年)で、1億5,000万円の物件の約2.0%に相当する
- 一方、積立金を据え置いた棟では30年間で戸当たり約325万円の不足が生じ、一時金・借入・工事先送りという形で戻ってくる
- 計画に対して積立が不足しているマンションは36.6%、積立額が著しく低額でないという認定基準を満たすのは37.4%にとどまる
- 自分の棟の水準は平方メートル当たり月額に直し、20階以上なら240〜410円(平均338円)という目安と比較する
総会で改定議案の賛否を判断する区分所有者様、売却や購入の前に管理の健全性を確かめておきたい所有者様、顧問先から管理組合の資産価値について相談を受ける税理士・弁護士の先生方にとって、必要なのは月額の高低という印象ではなく、積立総額と計画期間に基づく客観的な検証です。
都心の高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方は、初回無料相談をご利用ください。管理と修繕の状態を価格形成要因として織り込んだうえで、現時点の価値水準と、鑑定評価の必要性・概算費用をご案内します。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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