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不動産鑑定は前提の指定で結論が変わる ― 弁護士のための依頼書チェックリスト

同じ住戸でも、価格時点や対象範囲の指定が違えば鑑定評価額は変わります。不動産鑑定評価基準が定める対象確定条件・想定上の条件・調査範囲等条件の意味と、弁護士が依頼書の段階で決めておくべき項目、反対当事者の鑑定評価書を検討する着眼点を整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
不動産鑑定は前提の指定で結論が変わる ― 弁護士のための依頼書チェックリスト

「マンションの時価を出してください」。弁護士の先生からのご依頼は、この一文で始まることが少なくありません。物件は特定され、登記事項証明書も管理規約もご用意いただいています。それでも私たち鑑定士は、着手前に必ず質問をお返しします。価格時点をいつに置きますか。評価するのは住戸全体ですか、依頼者の持分ですか。賃借人が入居したままの状態で評価しますか、空室を想定しますか。

これは形式的な確認ではありません。不動産鑑定評価基準は、こうした前提を「鑑定評価の条件」として位置づけ、条件が変われば鑑定評価額も変わることを当然の前提としています。同じ住戸、同じ鑑定士でも、前提の置き方が違えば都心の高級マンションでは数千万円単位で結論が動きます。しかも条件は鑑定評価書の冒頭に必ず記載され、反対当事者も裁判所もそこを最初に読みます。

本記事では、都心の高級マンション・タワーマンションを念頭に、調停・訴訟を扱われる弁護士の先生が鑑定評価をご依頼になる際、依頼書の段階で決めるべき前提を整理します。併せて、反対当事者の鑑定評価書を検討される際の着眼点も示します。なお、税務上の取扱いは税理士にご確認ください。

鑑定評価の結論は「条件」で変わります

条件には3つの種類があります

不動産鑑定評価基準(平成26年5月1日一部改正、国土交通省)は、総論第5章第1節において、鑑定評価の条件を次の3つに整理しています。

  • 対象確定条件:依頼目的に応じて、評価対象となる不動産の物的な範囲と権利の態様を確定する条件
  • 想定上の条件:地域要因または個別的要因について、現況と異なる想定を置く条件
  • 調査範囲等条件:通常の調査では事実の確認が困難な価格形成要因について、調査の範囲を明示して限定する条件

条件設定という仕組みが基準に置かれているのは、現実の用途と権利の態様をそのまま所与とするだけでは多様な取引の実態に応じきれない場合があるからです。条件は目的に合わせて選ぶものであり、自動的には決まりません。

なお、価格時点はこれらの「条件」ではなく、対象不動産・価格または賃料の種類と並ぶ鑑定評価の基本的事項として別に確定すべきものとされています。実務上は条件と同じ比重で依頼段階に決める項目ですので、本記事では並べて扱います。

条件は依頼者が自由に決められるものではありません

誤解が生じやすいところです。とりわけ想定上の条件は、依頼目的に照らして合理的であること、実現性があること(合法であり実現の蓋然性が認められること)、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないこと。この3要件をすべて満たす場合に限り設定できます。

したがって「依頼者に有利な数字が出る前提で」というご指定には応じられません。断言します。応じれば、その鑑定評価書は条件の妥当性そのものを争われ、かえって依頼者の立場を弱めます。条件の議論は、有利不利ではなく手続上どの前提が正しいかという議論として進めるべきです。

前提1 ― 価格時点をいつに置くか

現在・過去・将来の3種類があります

価格時点とは、不動産の価格の判定の基準となる日です。価格形成要因は時の経過とともに変動しますから、鑑定評価額はその基準日においてのみ妥当します。基準では、鑑定評価を行った年月日を基準に現在・過去・将来の3時点に分けられます。

重要なのは、過去時点および将来時点の鑑定評価は、対象不動産の確認が可能であり、かつ鑑定評価に必要な資料の入手が可能な場合に限って行える点です。「5年前の価格を」というご依頼に常にお応えできるわけではなく、当時の取引事例や建物の状態を裏づける資料が残っているかで可否が決まります。

手続によって求められる基準時が異なります

手続一般的に問題となる基準時価格時点の類型
遺産分割分割時(現に分割をする時点)現在時点
遺留分侵害額請求相続開始時(民法第1043条第1項)過去時点
財産分与対象財産の確定は別居時、評価は裁判時とするのが一般的過去時点または現在時点
共有物分割口頭弁論終結時に近い時点現在時点

同じ相続でも、遺産分割の協議と遺留分侵害額請求とでは基準時が異なります。両方の可能性がある案件では、どちらを主戦場とするかを依頼書の段階で決めるか、2つの価格時点での評価をあらかじめご依頼いただくほうが費用も時間も抑えられます。財産分与の基準時の考え方については財産分与の不動産評価は別居時?裁判時?― 基準時で変わる分与額で整理しています。

想定されるケース ― 基準時の指定だけで分与額が動く

都心の高級マンション1住戸を夫婦が持分2分の1ずつで共有し、別居が2021年3月、審判が2026年中と見込まれる場合を想定します。

  • 別居時(2021年3月)の価格:2億円
  • 現在時点(2026年)の価格:2億4,000万円

対象財産を別居時に確定する点に争いがなくても、評価の基準時をどちらに置くかで価格は4,000万円違います。持分2分の1で按分すれば、分与額の出発点が2,000万円動く計算です。国土交通省「不動産価格指数(住宅)」(2010年平均=100)でもマンション(区分所有)の指数は上昇が続いており、価格時点の差が結論に直結します。

前提2 ― 評価の対象をどこまでにするか

対象確定条件の考え方

対象確定条件は、原則として現況を所与として設定します。そのうえで基準は次の類型を置いています。

  • 独立鑑定評価:建物が存する土地を、建物が存しない状態として評価する
  • 部分鑑定評価:土地と建物からなる不動産のうち、たとえば建物のみを評価する
  • 併合・分割を前提とした鑑定評価:隣接地との併合や一画地の分割を前提に評価する
  • 未竣工建物等鑑定評価:竣工前の建物を、竣工を前提として評価する

区分所有建物は専有部分と敷地利用権の分離処分が原則として禁止されており(建物の区分所有等に関する法律第22条第1項)、一体として扱うのが通常です。切り分けの要否は依頼目的から判断します。

高級マンションで論点になる指定漏れ

よくある指定漏れ起きること依頼書での書き方
共有持分か住戸全体か不明持分価値は割合按分では求まらず、やり直しになる「共有持分2分の1を評価対象とする」等を明記
駐車場区画・トランクルームの扱い専有部分か専用使用権かで価格が変わる管理規約上の位置づけを添えて含否を指定
敷地の権利が所有権か借地権か未確認定期借地権付きなら残存期間で結論が大きく変わる登記事項証明書と敷地権の種類を明示

共有持分の評価は、住戸全体の価格に持分割合を乗じれば足りるものではありません。単独では使用も処分も自由にできない制約が、市場での価値に反映されるためです。

前提3 ― 現況と異なる前提と、調査の限界

賃貸中の住戸を「空室」として評価できるか

反対当事者が居住中、あるいは賃貸中のマンションについて「空室を前提に評価してほしい」というご要望をいただきます。これは想定上の条件の設定にあたります。

先ほどの3要件に照らせば、実現性の検討が要になります。賃貸借契約が現に存在し、解約や明渡しの蓋然性を説明できなければ、空室を前提とする条件は設定できません。この場合は現況で貸家およびその敷地として評価し、参考価格として自用を前提とした水準を併記する方法があります。どの数字がどの前提で出ているかが書面上で明確であれば、主張の材料になります。

室内に立ち入れないときの扱い

係争中の案件では、対象住戸の内部を確認できないことが珍しくありません。ここで用いるのが調査範囲等条件です。室内の内装・設備について調査の範囲を限定し、その旨と評価額への影響の考え方を鑑定評価書に記載します。

調査していないにもかかわらず、その事実に触れずに評価を組み立てることはできません。調査範囲等条件が明記された鑑定評価書は、限界を自ら開示している分だけ検証しやすいとも言えます。

依頼書に盛り込む項目 ― チェックリスト

ここまでの内容を依頼書の書式に落とし込みます。以下が埋まっていれば、追加照会はほとんど発生しません。

  • 価格時点:年月日で指定(手続上の基準時から逆算)
  • 価格の種類:正常価格か特定価格か(争訟目的では正常価格が基本)
  • 対象不動産の範囲:住戸番号、共有持分の割合、駐車場区画・トランクルームの含否
  • 権利の態様:所有権か借地権か、賃借権・使用貸借の有無
  • 想定上の条件の要否:空室想定などを希望する場合はその理由
  • 調査範囲等条件の要否:室内立入の可否、土壌・アスベスト等の調査範囲
  • 成果物の種別:鑑定評価書か価格等調査報告書か
  • 鑑定評価書の宛名:依頼者本人か、先生の事務所か
  • 納期:期日や主張書面の提出期限から逆算した希望日

成果物の種別は最初に決めてください

調停・訴訟での提出を予定されるのであれば、成果物は鑑定評価書を選んでください。価格等調査報告書は、不動産鑑定評価基準に則らない調査であることを明示して価格の水準を示す書面です。依頼者ご自身の意思決定の材料としては有用ですが、争訟の場での位置づけは鑑定評価書とは異なります。

「まず調査で水準を把握し、争いになったら鑑定評価書に切り替える」という進め方も可能ですが、前提の異なる2つの書面が残る点にはご留意ください。鑑定評価書の証拠としての扱いは鑑定評価書は裁判の証拠になるか ― 調停・訴訟で使える不動産評価の条件で述べています。

反対当事者の鑑定評価書を検討するときの着眼点

まず条件の欄を読む

反対当事者から鑑定評価書が提出されたとき、いきなり評価額に目が向きますが、先に読むべきは基本的事項と鑑定評価の条件が書かれた箇所です。確認すべきは次の点です。

  • 価格時点が、その手続の基準時と一致しているか
  • 対象確定条件が現況と異なっていないか(持分か全体か、敷地の権利の態様)
  • 想定上の条件が設定されている場合、実現性がどう説明されているか
  • 調査範囲等条件の有無と、その範囲が評価額に与える影響の説明

不整合があれば、手法や事例の当否を論じるまでもなく、その鑑定評価書は当該手続の基準時や対象に対応していないと指摘できます。

結論が違うことは、どちらかが誤っていることを意味しません

双方から鑑定評価書が出て金額が食い違ったとき、一方が不当だと短絡するのは危険です。前提が違えば結論が違うのは、基準の仕組みからして当然の帰結だからです。争うべき点は、どちらの前提が当該手続において正しいかに絞られます。

前提が揃っているのに差が生じている場合は、取引事例の選択と階層・方位・専有面積の補正、還元利回りの査定といった分岐点を順に検証します。差が生まれる構造は同じマンションなのに鑑定評価額が違うのはなぜ?― 差が生まれる4つの分岐点で整理しました。

まとめ

不動産鑑定評価の結論は、前提の置き方で変わります。鑑定士の裁量ではなく、不動産鑑定評価基準が条件設定という仕組みを正面から認めていることの帰結です。依頼書の段階で前提を指定しておくことが、そのまま成果物の使いやすさに直結します。

要点を振り返ります。

  • 鑑定評価の条件は対象確定条件・想定上の条件・調査範囲等条件の3種類。価格時点は別に基本的事項として確定する
  • 想定上の条件は、合理性・実現性・利用者の利益を害さないことの3要件をすべて満たす場合にのみ設定できる
  • 手続によって基準時は異なる。遺産分割は分割時、遺留分は相続開始時、財産分与は別居時と裁判時の使い分けが論点になる
  • 共有持分・駐車場区画・敷地の権利態様は、依頼書で明示しないと評価のやり直しにつながる
  • 反対当事者の鑑定評価書は、評価額より先に条件の欄を読む。結論の差はまず前提の差として検証する

調停・訴訟で不動産の評価が争点になる案件を扱われる弁護士の先生にとって、依頼書の前提指定は成果物の証拠価値を決める最初の分岐点です。期日から逆算し、余裕のある時期にご相談ください。

都心の高級マンション・タワーマンションについて、どの前提で評価を依頼すべきかご検討中の先生は、初回無料相談をご利用ください。依頼書の書き方から想定される反論の見立てまで、私たち鑑定士がご一緒に整理します。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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