代償分割の代償金は相続税評価額で決めてよい?― 不公平が生まれる仕組みを試算で解説
代償分割の代償金を相続税評価額で計算すると、取得する相続人と受け取る相続人の間に数千万円の不公平が生じます。時価1億2,000万円のタワーマンションを例に差額を試算し、遺産分割の基準時、相続税法基本通達11の2-10の調整計算、中立な評価の使い方を鑑定士が解説します。

「マンションは兄が引き継ぐ。代わりに弟へ代償金を払う」。ここまでは兄弟の間ですんなり決まったのに、その代償金をいくらにするかで話が止まってしまう。遺産分割の現場で、もっとも頻繁に起きる膠着です。
このとき、相続税申告用の資料に載っている評価額を、そのまま代償金の計算基礎に使ってしまうケースが少なくありません。一見すると公的な数字で、専門家が計算したものですから、疑う理由がないように思えます。しかしその選択は、相続人のどちらか一方に、数千万円単位の利益を静かに移す結果を招くことがあります。とくに都心の高級マンションやタワーマンションでは、その差が最大化されます。
本記事では、代償金の基礎に相続税評価額を据えると誰がどれだけ得をし、誰が損をするのかを具体的な試算で示したうえで、実務上どの数字を使うべきか、そして「時価で決めると相続税が増えるのではないか」というよくある懸念が当たらない理由を、私たち鑑定士の立場から整理します。
代償金の額に、法律が定めた決め方はありません
相続人が合意すれば、どの金額でも成立します
代償分割(相続人の一人が不動産などの現物を取得し、他の相続人へその取り分に見合う金銭を支払う分割方法)において、代償金をいくらにするかを直接定めた法律の条文はありません。民法は遺産分割について、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の年齢・職業・心身の状態および生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると定めている(民法第906条)にとどまります。
つまり代償金の額は、相続人全員が合意すればそれで確定します。逆に言えば、合意の土台となる「元になる金額」の選び方に、誰も自動的にブレーキをかけてくれないということです。
同じ1戸に、4つの異なる金額が存在します
マンション1戸について、実務では少なくとも次の4つの数字が同時に存在します。
| 数字の種類 | 性格 | 時価との関係 |
|---|---|---|
| 固定資産税評価額 | 課税のための評価 | 大きく下回ることが多い |
| 相続税評価額 | 相続税の課税標準を計算するための評価 | 下回ることが多い |
| 仲介会社の査定額 | 売却活動の想定価格 | 幅があり、営業上の思惑も入り得る |
| 鑑定評価額 | 不動産鑑定評価基準に基づく経済価値の判定 | 時価そのものを示す |
このうち、遺産分割の協議で最も入手しやすいのが相続税評価額です。相続税の申告のために必ず算定されますし、資料として手元に渡ります。手元にあるから使う。その素直な流れが、次に述べる不公平の入り口になります。
相続税評価額を基礎にすると、何が起きるのか
都心のマンションは、通達評価額と時価の差が最も大きい資産です
相続税評価額は、財産評価基本通達に従って算定されます。マンションについては、令和5年9月28日付の法令解釈通達「居住用の区分所有財産の評価について」により、令和6年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した居住用の区分所有財産に区分所有補正率を適用する取扱いが始まりました。これは、評価額が市場価格の6割(評価水準0.6)に満たない住戸について、6割の水準まで引き上げる仕組みです。詳しい計算方法は区分所有補正率の計算方法 ― 4つの指数と計算例でわかるタワマン相続税評価でも解説しています。
ここで押さえていただきたいのは、この改正後であっても、相続税評価額は時価の6割程度にとどまる設計だという点です。乖離を完全に消す制度ではなく、行き過ぎた乖離を一定水準まで戻す制度です。つまり、改正後の相続税評価額をそのまま代償金の基礎にしても、4割前後の差は残り続けます。
想定されるケース:時価1億2,000万円のタワーマンション
この前提で、代償金の基礎に何を置くかによって結果はこう変わります。
| 項目 | 時価を基礎とした場合 | 相続税評価額を基礎とした場合 |
|---|---|---|
| 代償金の額 | 6,000万円 | 3,600万円 |
| 長男が得た価値 | 1億2,000万円 − 6,000万円 = 6,000万円 | 1億2,000万円 − 3,600万円 = 8,400万円 |
| 二男が得た価値 | 6,000万円 | 3,600万円 |
| 両者の差 | 0円 | 4,800万円 |
4,800万円
相続税評価額を基礎にしたときに生じる取り分の差
時価1億2,000万円・相続税評価額7,200万円・相続人2名の想定ケースによる試算
相続税評価額を基礎にした場合、長男が実質的に手にする価値は二男の約2.3倍になります。法定相続分は2分の1ずつで、遺産分割協議書にもそう書いてあるのに、経済的な実質はまったく等分ではありません。しかも二男は、自分が不利になっていることに気づかないまま署名できてしまいます。これが「不公平が生まれる仕組み」の正体です。
不公平は逆向きにも起こります
誤解を避けるために申し添えますが、相続税評価額が常に低く出るわけではありません。次のような住戸では、相続税評価額が時価を上回ることがあります。
- 管理組合が機能しておらず、修繕積立金が著しく不足している住戸
- 再建築や大規模修繕の見通しが立たない築古物件
- 借地権付きマンションで、地代や承諾料の負担が重い住戸
- 事故・訴訟など、市場で敬遠される個別事情を抱える住戸
たとえば相続税評価額5,000万円に対して時価が3,500万円であれば、相続税評価額を基礎とした代償金は2,500万円。取得者は3,500万円の資産を得るために2,500万円を支払うことになり、実質的な取り分は1,000万円にとどまります。今度は取得者側が損をする構図です。
いずれの向きであっても、原因はひとつです。課税のための評価額を、当事者間の経済的な清算に流用していることです。
遺産分割の基準は「分割時の時価」です
相続税の計算とは、そもそも土俵が違います
混乱の多くは、次の2つを同じものだと考えてしまうことから生じます。
- 遺産分割:相続人の間で、誰が何をいくら分取るかを決める手続き。家庭裁判所の実務では、分割時(協議・調停成立時や審判時)の時価を基準に各人の取得額を計算するのが一般的です。
- 相続税:国に納める税額を計算する手続き。課税価格は相続開始時を基準に、財産評価基本通達による評価額で算定されます。
基準時も、使う価格も違います。したがって、相続税申告書に載っている数字が代償金の正解になる理由は、どこにもありません。なお、評価の基準時をいつに置くかを含む法律上の判断は個別の事情に左右されますので、弁護士にご確認ください。この論点は遺産分割でマンションの評価額はどう決める?揉める3つの理由と解決の道筋でも整理しています。
「時価で決めると相続税が増える」という心配は当たりません
代償金を時価ベースで決めることに難色が示される場面で、決まって出てくるのが「代償金を高くすると、受け取る側の相続税が増えてしまうのでは」という懸念です。結論から申し上げると、この心配は制度上手当てされています。
相続税法基本通達11の2-10は、代償財産の価額の算定方法を定めています。原則は代償債務の額そのものですが、同通達(2)により、代償債務の額が「代償分割の対象となった財産が特定され、かつ、当該財産の代償分割の時における通常の取引価額を基として決定されているとき」は、次の調整計算を行うこととされています。
先ほどの試算に当てはめてみます。
- A = 6,000万円(時価基準で決めた代償金)
- B = 1億2,000万円(分割時の通常の取引価額)
- C = 7,200万円(相続開始時の相続税評価額)
- 代償財産の価額 = 6,000万円 × (7,200万円 ÷ 1億2,000万円) = 3,600万円
この結果、相続税の課税価格は長男が7,200万円 − 3,600万円 = 3,600万円、二男が3,600万円となり、合計は遺産の相続税評価額7,200万円と一致します。つまり、代償金を時価で決めても、相続税の世界では相続税評価額ベースに引き直されるのです。
反対に、この調整計算を適用せず代償金6,000万円をそのまま代償財産の価額として申告すると、長男の課税価格は1,200万円、二男は6,000万円となります。課税価格の合計は同じ7,200万円ですので相続税の総額は変わりませんが、各相続人が負担する税額の配分が大きく偏ります。適用の可否や具体的な申告の取扱いは個別事情によりますので、必ず税理士にご確認ください。
要するに、公平な分割のために代償金を時価で決めることと、相続税の負担を抑えることは、両立します。どちらかを諦める必要はありません。
では、その「時価」は誰が決めるのか
仲介会社の査定額では足りない場面があります
時価を基準にするとしても、その金額をどう把握するかという次の問題が残ります。最も手軽なのは仲介会社の査定ですが、代償分割の場面では次の弱点が表面化します。
- 査定は売却の媒介契約獲得を前提とした営業活動の一環であり、依頼した側の期待に沿う金額が出やすい構造があります
- 算定の根拠・採用事例・補正の過程が書面で開示されないことが多く、相手方が検証できません
- 高層階と低層階、眺望や向きで価格差の大きいタワーマンションでは、同一建物の成約事例がそのまま当該住戸の価格になるとは限りません
結果として、相続人それぞれが自分に有利な査定書を持ち寄り、協議はかえって長期化します。査定と鑑定の違いについては仲介査定と不動産鑑定はどう違う? ― 1億円超の高級マンションで鑑定が必要な理由で詳しく述べています。
中立な第三者の評価が、合意の土台になります
鑑定評価書(不動産鑑定評価基準に基づき、国家資格者である不動産鑑定士が作成する評価書)は、評価の根拠・採用した取引事例・補正の考え方・計算過程がすべて記載されます。相手方が検証できる形で開示されるからこそ、「誰の味方でもない数字」として機能します。家庭裁判所の調停・審判でも資料として通用する形式であり、協議が不調に終わった場合にもそのまま使えます。この点は鑑定評価書は裁判の証拠になるか ― 調停・訴訟で使える不動産評価の条件で解説しています。
協議の初期段階には、価格等調査報告書という選択肢もあります
いきなり正式な鑑定評価書を取得するのがためらわれる段階では、価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない範囲で、鑑定士が価格の調査結果を報告する書面)から入る方法もあります。まず概算の水準を全員で共有し、金額に開きが残るようであれば正式な鑑定評価書へ進む、という二段構えです。当事務所でも、協議の段階に応じた使い分けをご提案しています。
40万円〜
マンション1戸の鑑定評価書の費用目安
当事務所の場合。協議の初期段階では価格等調査報告書20万円〜の活用も可能です
まとめ
代償金の額は、相続人全員が合意すれば成立してしまいます。だからこそ、その計算基礎に何を置くかが分割の実質的な公平性を決めます。要点を振り返ります。
- 代償金の決め方に法律上のルールはなく、基礎とする金額の選択に自動的なブレーキは働かない
- 相続税評価額は時価の6割程度にとどまる設計であり、これを基礎にすると取得者に有利な偏りが生じる。想定した試算では両者の取り分に4,800万円の差が生まれた
- 管理不全・築古・借地権付きなどの住戸では逆向きの不公平(取得者が損をする構図)も起こり得る
- 遺産分割は分割時の時価、相続税は相続開始時の相続税評価額と、基準時も使う価格も異なる
- 相続税法基本通達11の2-10(2)の調整計算により、代償金を時価で決めても相続税の課税価格は相続税評価額ベースに引き直される。公平な分割と税負担は両立する
- 時価の把握には、根拠が開示され相手方が検証できる中立な評価が有効。分割方法の法律判断は弁護士、税務の取扱いは税理士にご確認ください
マンションを取得して代償金を支払う立場の方も、代償金を受け取る立場の方も、署名の前に「この金額は何を基礎に計算されたのか」を一度確認してください。都心の高級マンション・タワーマンションのように時価と通達評価額の差が大きい資産では、その一問が数千万円を左右します。代償金の算定基礎にご不安のある相続人の方、案件を担当されている弁護士・税理士の先生は、初回無料相談をご利用ください。評価の必要性と概算費用をご案内します。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
FREE CONSULTATION
鑑定が必要かどうかのご相談だけでも歓迎です
記事に関連するお悩みについて、不動産鑑定士に直接ご相談いただけます。
関連記事

遺産分割でマンションの評価額はどう決める?揉める3つの理由と解決の道筋
遺産分割でマンションの評価額の決め方に法律上のルールはなく、相続人間で揉めやすい論点です。揉める3つの理由と代償分割における評価額の重要性、中立な鑑定評価書による解決策を不動産鑑定士が解説します。
読了 約6分

区分所有補正率の計算方法 ― 4つの指数と計算例でわかるタワマン相続税評価
区分所有補正率はどう計算するのか?築年数・総階数・所在階・敷地持分狭小度の4指数から評価乖離率を求める手順を、タワーマンションの具体的な計算例つきで不動産鑑定士が解説します。
読了 約6分

鑑定評価書は裁判の証拠になるか ― 調停・訴訟で使える不動産評価の条件
財産分与や遺産分割の調停・裁判で、不動産鑑定士の鑑定評価書はどう扱われるのか。私的鑑定の証拠としての位置づけ、裁判所鑑定との違い、費用対効果を不動産鑑定士が解説します。
読了 約5分