相続税の税務調査で不動産評価を否認されたら?― 更正処分・審査請求で鑑定評価が効く局面
相続税の税務調査で不動産の時価が争点になったとき、鑑定評価はどの局面で反論の武器になるのか。否認されやすい類型、修正申告の勧奨・更正処分・審査請求それぞれの期限と鑑定評価の役割、課税庁側の鑑定の検証ポイントを鑑定士が時系列で整理します。

相続税の税務調査で、申告した不動産の評価額に調査官から疑問を示されたとき、多くの相続人の方は「このまま言われた金額で修正申告するしかないのだろうか」と不安になります。とりわけ都心の高級マンションやタワーマンションは金額が大きく、評価の考え方ひとつで税額が数百万円から数千万円単位で動くため、判断を急ぐほど後悔が残りやすい財産です。
結論から申し上げます。不動産の時価が争点になった場合、反論の中心になるのは「感覚的な相場観」ではなく、価格時点を相続開始日に置いて手順どおりに求めた鑑定評価です。そして、その鑑定評価書がもっとも効くのは、修正申告に応じるかどうかを決める前の段階です。修正申告を出してしまうと、その内容について不服申立てができなくなるからです。
本記事では、相続税の税務調査で不動産評価が問題になりやすい類型を整理したうえで、調査中・更正処分後・不服申立ての各局面で鑑定評価がどのように機能するのかを、私たち鑑定士の立場から時系列で対比します。なお、税務上の手続や見通しの最終判断は、必ず税理士・弁護士にご確認ください。
相続税の税務調査で不動産が問題になる場面
数字で見る相続税の税務調査
国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」(令和7年12月公表)によれば、相続税の実地調査件数は9,512件で、そのうち申告漏れ等の非違があった件数は7,826件、非違割合は82.3パーセントでした。実地調査1件当たりの追徴税額は867万円です。実地調査のほかに、文書や電話による「簡易な接触」も2万1,969件行われています。
同じ資料で申告漏れ相続財産の内訳を見ると、最も多いのは現金・預貯金等で43.3パーセント、土地は12.3パーセント、家屋は1.7パーセントです。件数の上では預貯金の申告漏れが中心であり、不動産そのものが争点になる調査は多数派ではありません。
ただし、不動産は1件当たりの金額が大きく、争点になったときの影響額が大きい財産です。
争点は「評価の誤り」と「時価との乖離」の2種類
不動産をめぐる指摘は、大きく2つに分かれます。
1つ目は、財産評価基本通達(国税庁が定める財産評価の統一的な取扱い)の適用を誤っている場合です。区分所有補正率の指数の取り方、賃貸中の住戸の賃貸割合、小規模宅地等の特例の要件判定などがこれに当たります。この場合、議論の土俵は通達の解釈であり、鑑定評価の出番は限られます。
2つ目は、通達で計算した評価額が相続税法第22条の求める「時価」と大きく離れている場合です。課税庁が「通達評価では低すぎる」と主張する場面と、納税者が「通達評価では高すぎる」と主張して鑑定評価額で申告した場面の両方があります。こちらは、まさに時価そのものが争点であり、鑑定評価が反論の軸になります。
否認リスクが高い類型
高級マンション・タワーマンションで調査の対象になりやすい類型を整理すると、次のとおりです。
| 類型 | 典型的な指摘 | 鑑定評価の出番 |
|---|---|---|
| 相続直前に借入で取得した住戸 | 通達評価が時価を大きく下回り、総則6項(通達評価が著しく不適当な場合の例外規定)の適用 | 課税庁側の鑑定額の検証 |
| 鑑定評価額で申告した住戸 | 鑑定の前提・事例選択が不合理として否認 | 自らの鑑定の合理性の説明 |
| 相続後まもなく売却した住戸 | 売却価額との乖離の説明を求められる | 相続開始日と売却日の価格差の説明 |
| 区分所有補正率・賃貸割合の計算 | 指数や割合の取り方の誤り | 原則として出番は小さい |
税務調査の局面ごとに鑑定評価の役割は変わります
調査中 ― 修正申告の勧奨に応じる前が分岐点です
実地調査の結果、調査官が申告内容に誤りがあると判断すると、通常は修正申告を勧奨されます。ここで知っておきたいのは、修正申告は納税者自身が内容を認めて提出する申告であるため、その内容について後から不服申立てをすることができないという点です。国税通則法第74条の11第3項により、勧奨の際には、修正申告をすると不服申立てはできないが更正の請求はできる旨を記した書面が交付されます。
更正の請求は残りますが、いったん自分で認めた金額を覆すには、請求する側が誤りを具体的に示す必要があります。つまり、時価について見解の相違があるなら、勧奨に応じる前に鑑定評価の見立てを持って調査官と協議するのが最も合理的な順序です。
更正処分を受けたとき ― 期限は3か月です
修正申告に応じず、税務署長が更正処分を行った場合、その処分に不服があれば、処分の通知を受けた日の翌日から3か月以内に、税務署長への再調査の請求または国税不服審判所長への審査請求をすることができます(国税通則法第75条、第77条第1項)。再調査の請求を経た場合、その決定後1か月以内に審査請求ができます(同条第2項)。
| 局面 | 期限の目安 | 鑑定評価の主な役割 |
|---|---|---|
| 調査中(勧奨前) | 調査終了の説明まで | 見解の相違を示し、協議の材料にする |
| 再調査の請求 | 処分通知の翌日から3か月 | 原処分庁に再検討を求める根拠 |
| 審査請求 | 同3か月(再調査後は1か月) | 課税庁側の鑑定との比較・検証の軸 |
| 取消訴訟 | 裁決を知った日から6か月(行政事件訴訟法第14条) | 裁判所に提出する証拠資料 |
3か月は短い期間です。相続税の鑑定評価は相続開始日を価格時点とする過去時点の評価であり、当時の取引事例や市況を遡って集める手順が加わるため、資料が揃ってから納品までに3週間から6週間はかかります。更正処分の通知を受けたら、その時点で鑑定士への相談を始めてください。
審査請求・取消訴訟 ― 鑑定と鑑定の比較になります
国税不服審判所は、国税庁の内部にありながら税務署とは別の立場で審理を行う機関です。審査請求では、課税庁側が提出した鑑定評価と、納税者側の鑑定評価が並べて検討されることが少なくありません。
ここで問われるのは「どちらの金額が納税者に有利か」ではなく、「どちらの評価が不動産鑑定評価基準に沿った合理的な手順を踏んでいるか」です。審判所が一方の鑑定評価を採用せず、事例の補正や時点修正を見直して独自に時価を認定した裁決例もあります。したがって、金額の結論よりも、結論に至る過程の説明力が勝負を分けます。取消訴訟に進んだ場合も同じで、鑑定評価書が裁判でどう扱われるかは鑑定評価書は裁判の証拠になるかで詳しく解説しています。
更正処分で不動産評価を争うときの着眼点
課税庁側の鑑定のどこを検証するか
課税庁が総則6項を適用する事案では、通常、課税庁の依頼による鑑定評価額が時価の根拠として示されます。私たち鑑定士が、その鑑定評価書を検証するときに最初に見るのは次の点です。
- 価格時点が相続開始日に正しく置かれ、その後の市況上昇を持ち込んでいないか
- 取引事例が、同一棟・同一需給圏の類似住戸から適切に選ばれているか
- 所在階・方位・眺望・専有面積の違いを、根拠を示して補正しているか
- 管理状態や修繕積立金の不足など、住戸固有の減価要因を見落としていないか
たとえば、高層階の眺望住戸の事例を低層階の住戸にそのまま当てはめていれば、階層別の効用の差(同じ棟でも階によって価格が異なる理由)が反映されていないことになります。こうした補正の不足は、金額の大きい高級マンションほど影響が大きくなります。
総則6項の事案では「特別の事情」が主戦場です
注意したいのは、総則6項が争われる事案では、時価の水準そのものより「通達によらないことが許される特別の事情があるか」が主な争点になる点です。最高裁令和4年4月19日判決は、通達評価額と鑑定評価額の開きが大きいことだけでは足りず、租税負担の実質的な公平を著しく害する事情が必要だという枠組みを示しました(判決の内容は令和4年最高裁判決が変えた相続税評価の常識をご覧ください)。
この局面では、鑑定評価は「特別の事情」を否定する主役ではありません。取得の経緯や目的に関する主張は、税理士・弁護士が組み立てる領域です。鑑定評価が担うのは、仮に時価で評価されるとしても、課税庁の示す金額が過大ではないかを示す補助線です。この役割分担を最初に整理しておくと、限られた3か月を有効に使えます。
納税者が鑑定評価額で申告していた場合
反対に、通達評価より低い鑑定評価額で申告し、それが否認された場合は、自らの鑑定評価の合理性を説明する立場になります。このときは、通達評価によることが著しく不適当だと言える個別の事情、たとえば残存期間の短い定期借地権、買い手が極端に限られる超大型住戸、一時金の徴収が決議済みの修繕負担などを、資料で示せるかどうかが鍵です。どの類型で鑑定評価を使うべきかは相続税申告で不動産鑑定を使うべきケースは?で整理しています。
想定されるケースで見る鑑定評価の効果
課税庁の鑑定額を検証した場合の試算
想定されるケースで考えます。被相続人が相続の約2年前に借入で取得した都心のタワーマンション高層階の住戸について、相続人は区分所有補正率を適用した通達評価額1億2,000万円で申告しました。調査の結果、課税庁は総則6項を適用し、課税庁側の鑑定評価額2億7,000万円を時価として更正処分を行ったとします。
納税者側で依頼した鑑定評価では、課税庁側の鑑定が相続開始日より後の成約事例を時点修正なしで採用していたこと、比較した事例が眺望の優れた上位階に偏っていたことを指摘し、相続開始日時点の時価を2億4,000万円と求めました。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 当初申告(通達評価額) | 1億2,000万円 |
| 更正処分(課税庁側の鑑定評価額) | 2億7,000万円 |
| 納税者側の鑑定評価額 | 2億4,000万円 |
| 時価の水準として争える差額 | 3,000万円 |
仮に相続税の限界税率が50パーセントの階層であれば、課税価格3,000万円の差は税額で約1,500万円に相当し、さらに過少申告加算税や延滞税にも連動します。特別の事情の有無という主な争点で結論が変わらなかったとしても、時価の水準を適正な範囲に戻す意味は小さくありません。
費用との比較
これに対し、マンション1戸の鑑定評価書の費用は、当事務所では40万円からが目安です。税額への影響と比べて判断してください。
相続税の否認リスクを申告前に下げる鑑定の使い方
申告時に時価の資料を手元に置いておく
最も効果的なのは、調査が来てからではなく、申告の段階で時価の水準を把握しておくことです。通達評価と時価の乖離が大きい住戸を相続した場合、乖離の向きと幅を申告前に確認しておけば、調査で指摘を受けたときに説明の起点を持った状態で臨めます。価格等調査報告書(鑑定評価基準の手順を一部省略して価格を示す報告書)で概算を押さえておく方法もあります。
取得の経緯と住戸固有の事情を記録しておく
鑑定評価の説得力は、住戸固有の事情を示す資料に支えられます。管理規約、重要事項調査報告書、総会議事録、長期修繕計画、賃貸中であれば賃貸借契約書は、相続開始時点のものを確保しておいてください。
まとめ
相続税の税務調査で不動産の時価が争点になったとき、反論の武器になるのは、相続開始日を価格時点として手順どおりに求めた鑑定評価です。そして、その武器を最も有効に使えるのは、修正申告に応じるかどうかを決める前の段階です。要点を振り返ります。
- 令和6事務年度の相続税の実地調査は9,512件、非違割合は82.3パーセント。不動産は件数より1件当たりの金額で影響が大きい
- 争点が通達の適用誤りなのか、時価との乖離なのかで、鑑定評価の出番は変わる
- 修正申告に応じると不服申立てはできなくなるため、見解の相違があれば勧奨前に鑑定の見立てを持って協議する
- 更正処分への不服申立ては処分通知の翌日から3か月以内。過去時点の鑑定評価には3週間から6週間かかるため、すぐに相談を始める
- 審査請求では、課税庁側の鑑定との比較で、事例選択・補正・価格時点の合理性が問われる
- 総則6項の事案では「特別の事情」が主戦場で、鑑定評価は時価の水準を適正に戻す補助線の役割を担う
相続税の調査で都心の高級マンション・タワーマンションの評価を指摘されている相続人の方、そして調査対応や不服申立てを担当されている税理士・弁護士の先生は、修正申告や不服申立ての判断を下す前に、時価の見立てを一度確認されることをおすすめします。
都心の高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方、また税務調査で時価が争点になっている方は、初回無料相談をご利用ください。課税庁側の鑑定評価書の検証から、相続開始日時点の鑑定評価書の作成まで、局面に合わせてご提案します。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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