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相続税申告で不動産鑑定を使うべきケースは?― 税理士のための判断フロー

相続税申告で不動産鑑定評価を使うべきなのはどんなときか。財産評価基本通達による評価と時価が乖離する典型パターンを整理し、乖離の向き別に鑑定を入れる/入れないを振り分ける判断フローと、申告期限10か月から逆算した依頼スケジュールを鑑定士が示します。

著者:吉田 健人·読了 約15
相続税申告で不動産鑑定を使うべきケースは?― 税理士のための判断フロー

相続財産に都心の高級マンションやタワーマンションが含まれているとき、税理士の先生方が一度は立ち止まる論点があります。「この評価額で申告して、本当に大丈夫だろうか」という問いです。

財産評価基本通達に従って計算すれば、数字そのものは機械的に出ます。問題は、その数字が相続税法の求める「時価」からどれだけ離れているか、そして離れている向きがどちらかという点です。時価より低ければ否認リスクを抱え込み、時価より高ければ納税者が払わなくてよい税を払って申告を終えることになります。どちらも、申告書を提出した後では取り返しがつきにくい論点です。

本記事では、通達評価と時価が乖離する典型パターンを整理したうえで、鑑定評価を採用する/しないを振り分ける判断フローと、申告期限から逆算した依頼スケジュールを、私たち鑑定士の立場から提示します。なお、個別の税務判断は顧問税理士の先生のご判断によるものであり、本記事は評価の技術的な観点からの整理です。税額に関わる最終判断は必ず税理士にご確認ください。

通達評価と時価は、そもそも別のものです

法律が求めているのは「時価」です

相続税法第22条は、相続または遺贈により取得した財産の価額を「当該財産の取得の時における時価」によると定めています。財産評価基本通達は、この時価を大量の申告事案で公平かつ効率的に算定するための行政内部の取扱いであって、法律そのものではありません。

そして通達自身が、その限界を認めています。評価通達6(いわゆる総則6項)は、この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。原則は通達、例外は時価。この構造を出発点に置くと、以降の判断がずいぶん整理しやすくなります。

マンション通達で乖離は縮みましたが、消えてはいません

令和6年1月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した居住用の区分所有財産には、「居住用の区分所有財産の評価について」(令和5年9月28日付課評2-74ほか)が適用されます。築年数・総階数指数・所在階・敷地持分狭小度の4つの指数から評価乖離率を求め、評価水準が0.6未満であれば区分所有補正率を乗じて評価額を引き上げ、評価水準が1を超える場合には逆に引き下げる仕組みです。計算の詳細は区分所有補正率の計算方法で解説しています。

ここで見落とされがちなのは、この補正が目指している水準が「時価の6割程度」だという点です。一戸建てを含む他の不動産の評価水準との均衡を意識した設計であり、時価そのものに一致させにいく仕組みではありません。つまり制度の想定内でも、なお4割前後の差が残り得ます。

言い換えれば、マンション通達の導入によって「通達評価が時価より低いこと」そのものは異常な状態ではなくなりました。異常かどうかを分けるのは、乖離の幅と、その乖離がどのような経緯で生じたかです。

乖離の「向き」で、打ち手は正反対になります

通達評価が時価を下回るとき ― 管理すべきはリスクです

通達評価が時価を下回るケースは、区分所有マンションでは制度上むしろ標準です。したがって、下回っているという一事をもって鑑定評価を入れる必要はありません。最高裁も、通達評価額と鑑定評価額に大きな開きがあることだけを理由に通達によらない評価が許されるわけではない、という枠組みを示しています。

問題になるのは、租税負担の公平を実質的に損なうと評価される事情が重なった場合です。令和4年4月19日の最高裁判決の事案では、合計13億8,700万円で取得された不動産について通達評価額は3億3,370万円とされ、課税庁側の鑑定評価額は12億7,300万円でした。判決の射程と実務への影響は令和4年最高裁判決が変えた相続税評価の常識で詳しく扱っています。

この局面で鑑定士がお役に立てるのは、申告額を下げるためではありません。時価がどの水準にあるかを客観的に把握し、想定されるリスクの大きさを依頼者と共有するためです。取得の経緯、借入の目的、被相続人の意思決定に関する記録をどこまで残せているかという整理と併せて、判断材料を揃える作業になります。

通達評価が時価を上回るとき ― 是正できる余地があります

一方、通達評価が時価を上回っている場合は、放置すれば納税者の不利益がそのまま確定します。区分所有補正率は4つの指数だけで機械的に計算されるため、個別性の強い住戸では実勢との差が逆方向に開くことがあるからです。

このとき鑑定評価書は、時価が通達評価を下回っていることを示す積極的な資料になります。ただし、通達によらない評価を納税者側から主張する以上、「評価通達によることが著しく不適当と認められる特別の事情」があることを示す必要があり、感覚的に「相場より高い気がする」という水準の主張では通りません。何が個別的要因として価格を押し下げているのかを、手順を踏んだ評価のなかで説明できることが前提になります。

鑑定評価が効きやすい典型パターン

定期借地権付きマンション

残存期間が短くなった定期借地権付きマンションは、乖離が逆方向に出やすい代表例です。市場では、残存期間が住宅ローンの借入可能期間を下回りはじめた段階で買い手が急速に絞られ、価格の下落が加速します。一方、通達による定期借地権等の評価(評価通達27-2)は、借地権者に帰属する経済的利益と存続期間を基礎に計算する枠組みであり、市場で観察される流通性の低下を十分には織り込みません。

借地契約書、地代の改定履歴、契約終了時の建物取壊し義務の内容まで確認したうえで評価すると、通達評価との差が明確になることがあります。

買い手が限られる超大型住戸

同一のマンションでも、専有面積200平方メートル級の住戸は事情が異なります。区分所有補正率を決めるのは築年数・総階数指数・所在階・敷地持分狭小度の4指数だけであり、専有面積の大きさそのものは補正率に反映されません。同じ棟の70平方メートルの住戸も210平方メートルの住戸も、所在階が同じなら同じ補正率が適用されます。

しかし市場は、そう扱いません。総額が大きい住戸は購入できる層が極端に薄く、成約までの期間も長期化します。この市場性の減退を反映すると、通達評価を下回る時価が導かれる場合があります。

管理・修繕に重い負担が確定している棟

修繕積立金の積立不足が顕在化し、一時金徴収や借入が総会で決議されている棟では、その負担は購入者が引き継ぐ将来支出です。通達評価にこの要素は入りませんが、市場価格には明確に反映されます。重要事項調査報告書で金額と時期が確認できる場合、減価の根拠として説明可能です。

利用や処分に制約がある持分・区分

共有持分のみの相続、賃借人が居住中で明渡しの見込みが立たない住戸、規約で用途が制限されている区分なども、市場での売りにくさが価格に効きます。制約の内容を資料で特定できるかどうかが、評価の可否を分けます。

判断フローと費用対効果

4つの問いで振り分けます

実務では、次の順序で振り分けると迷いが少なくなります。第一に、通達評価を計算する。第二に、実勢の水準を概算で把握する。第三に、乖離の向きと幅を確認する。第四に、税効果と費用を突き合わせる。

状況乖離の向き鑑定評価の位置づけと留意点
相続開始前に借入で取得し、取得から相続まで短期通達が時価を大きく下回る申告額を下げる目的ではなく、リスク把握のため。取得の経緯と目的の記録を併せて整理
相続開始後まもなく売却予定または売却済通達が時価を下回る売却価額との整合を確認。売却価額は時価の有力な資料として扱われやすい
定期借地権付きで残存期間が短い通達が時価を上回る可能性採用を積極的に検討。借地契約書・地代改定履歴・取壊し義務を確認
専有面積が極端に大きい住戸通達が時価を上回る可能性採用を積極的に検討。市場性減退の根拠づけが要
積立不足で一時金徴収が決議済通達が時価を上回る可能性採用を検討。重要事項調査報告書で金額と時期を裏づけ
上記に当たらない標準的な住戸制度が想定する範囲内鑑定評価は不要。通達どおりの評価で足りる

税効果と費用を突き合わせます

想定されるケースで考えます。都心の築18年、総階数38階のタワーマンションの最上階付近にある専有面積210平方メートルの住戸を相続したとします。区分所有補正率を適用した通達評価額が3億2,000万円と算定されました。

一方、同一棟で流通の中心となっている70から100平方メートル台の住戸に比べ、この規模の住戸は買い手が限られ、直近の成約は面積当たりで見ると2割前後低い水準にとどまっていたとします。この市場性の減退を反映した鑑定評価額が2億6,000万円であれば、差額は6,000万円です。

40万円〜

マンション1戸の鑑定評価書の費用目安

当事務所の場合。物件の複雑さや評価目的により変動します

相続税の限界税率が高い階層であれば、この6,000万円の差が税額に与える影響は決して小さくありません。これに対し、鑑定評価書の費用は40万円からが目安で、手順を絞った価格等調査報告書であれば20万円からです(費用の考え方は不動産鑑定の費用相場はいくら?をご覧ください)。差額に対する費用の比率は1パーセント前後にとどまります。

逆に言えば、乖離が数百万円規模にとどまる案件では、費用と手間に見合わないという判断も十分に合理的です。鑑定評価は万能の道具ではなく、効く場面を選んで使う道具です。

申告期限から逆算するスケジュール

10か月をどう配分するか

相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月です(相続税法第27条第1項)。この10か月のうち、鑑定評価に充てられる時間は想像より短いのが実情です。

相続税を目的とする鑑定評価は、価格時点が相続開始日となる過去時点の評価です。現在の市場データをそのまま使うことはできず、当時の取引事例や市況を遡って収集する手順が加わります。資料が揃ってから成果物の納品まで、おおむね3週間から6週間を見込んでいただくのが安全です。

逆算すると、次のような配分になります。相続開始から4か月から6か月の時点で、通達評価の第一次計算を終え、乖離が疑われる物件について鑑定士に相談する。6か月から7か月で正式依頼と資料提出を済ませる。8か月前後で鑑定評価書を受け取り、残る期間で申告書に織り込む。この流れであれば無理がありません。

依頼時にご用意いただきたい資料

登記事項証明書、管理規約、重要事項調査報告書、直近の総会議事録と長期修繕計画が基本の4点です。賃貸中であれば賃貸借契約書とレントロール、定期借地権付きであれば借地契約書が加わります。相続開始日時点の状況を確認する必要があるため、管理会社への照会に日数を要する場合があります。

申告後に気づいた場合

すでに通達評価で申告してしまった場合でも、更正の請求という道はあります。国税通則法第23条第1項により、原則として法定申告期限から5年以内であれば請求が可能です。

ただし、いったん通達評価で申告している以上、後から通達によらない評価を主張するには、特別の事情をこちらから積極的に示す必要があり、申告時に比べて説明の負担は重くなります。具体的な手続の可否と見通しは税理士にご確認ください。私たち鑑定士としては、申告前の段階でご相談いただくほうが、打てる手が多いと申し上げます。

まとめ

相続税申告における不動産鑑定評価は、「使えば有利になるもの」でも「使うと否認されるもの」でもありません。通達評価と時価の乖離がどちらの向きに、どれだけの幅で生じているかを確認し、必要な場面でだけ使う道具です。要点を振り返ります。

  • 相続税法第22条が求めるのは時価であり、財産評価基本通達は原則的な取扱いにすぎない
  • 令和6年1月1日以後のマンション評価は区分所有補正率で引き上げられたが、目標水準は時価の6割程度で、差は残る
  • 通達評価が時価を下回る局面では、鑑定は申告額を下げるためではなくリスク把握のために使う
  • 通達評価が時価を上回る局面では、特別の事情を示す資料として鑑定評価書が機能する
  • 定期借地権付き、超大型住戸、修繕負担が確定した棟、利用制限のある区分が典型パターン
  • 申告期限の3か月から4か月前までにご相談いただくと、過去時点評価の手順に無理が出ない

富裕層のクライアントを担当され、都心の高級マンションやタワーマンションを含む相続案件を抱えておられる税理士の先生は、通達評価を出した段階で一度、乖離の向きを確認されることをおすすめします。その確認は概算でも十分に可能で、正式な依頼の前に済ませられます。

都心の高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方、また相続税申告で評価の当否に迷われている税理士の先生は、初回無料相談をご利用ください。乖離の有無の見立てから、鑑定評価書と価格等調査報告書のどちらが目的に合うかまで、具体的にお答えします。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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