鑑定の方法論

正常価格・限定価格・特定価格はどう違う?― 同じタワマンでも「時価」は4通りあります

不動産鑑定評価基準は求める価格を正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の4種類に分け、どれを求めるかは依頼目的で決まります。都心タワーマンションの隣接住戸買増しを想定した試算で正常価格と限定価格の差を示し、「早く売るから特定価格」という誤解も鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約15
正常価格・限定価格・特定価格はどう違う?― 同じタワマンでも「時価」は4通りあります

「時価を出してください」。鑑定評価のご依頼で最も多くいただく言葉です。しかし私たち鑑定士は、この一言だけでは着手できません。次に必ずお尋ねするのが「何のための時価でしょうか」です。これを確認せずに作業に入ると、出来上がった鑑定評価書がその場面で使えない書面になってしまうからです。

不動産鑑定評価基準は、求める価格を正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の4種類に分けています。どれを求めるかは鑑定士の裁量ではなく依頼目的で決まり、都心のタワーマンションの同じ住戸でも目的が変われば金額も変わります。「時価」という日本語は、この4つのどれを指すのかを特定しない言葉なのです。

本記事では4つの価格の種類を高級マンションの場面に当てはめて対比し、目的に合わない種類を選んだときに何が起きるのかを整理します。とくに誤解の多い特定価格について、「早く売るから安い価格」という理解が誤りである理由を説明します。

鑑定評価が求める「価格」は4種類あります

価格の種類は依頼目的から決まります

不動産鑑定評価基準(国土交通省が定める、不動産鑑定士が鑑定評価を行う際の統一的な基準。現行版は平成26年5月1日一部改正)総論第5章第3節は、求める価格は「基本的には正常価格であるが、鑑定評価の依頼目的に対応した条件により限定価格、特定価格又は特殊価格を求める場合がある」ため、依頼目的に対応した条件を踏まえて適切に判断し明確にすべきであると定め、「評価目的に応じ、特定価格として求めなければならない場合があることに留意しなければならない」と付け加えています。

読み取っていただきたいのは、価格の種類が鑑定士の選択肢ではなく依頼目的からの帰結だという点です。「高めに出したいので限定価格で」というご要望は、鑑定評価としてお受けできません。逆に言えば、依頼目的を正確にお伝えいただければ価格の種類は自動的に決まります。

4つの価格の全体像

価格の種類基準上の位置づけマンションでの典型場面
正常価格合理的と考えられる市場で形成される市場価値遺産分割・財産分与・売買・担保・減損
限定価格市場が相対的に限定される場合の取得部分の価値隣接住戸の買増し、共有持分の買取り
特定価格法令等の社会的要請を背景とする目的での経済価値証券化対象不動産、民事再生・会社更生
特殊価格市場性を有しない不動産の利用現況を前提とする価値文化財・宗教建築物(マンションでは想定しにくい)

件数で見れば、高級マンションの評価は圧倒的に正常価格です。特殊価格は基準が文化財や宗教建築物を例示する類型で、市場性を有する分譲マンションが該当することはまず考えられません。なお賃料にも正常賃料・限定賃料・継続賃料の区分があり、役員社宅の賃料設定なら正常賃料、賃料増減額請求なら継続賃料と、ここでも目的が種類を決めます(「賃料鑑定とは?費用はいくら?」参照)。

法令が使う「時価」はどれに当たるのか

ややこしいのは、法令や会計基準が使う「時価」がこの4分類とは別の体系で書かれていることです。相続税法第22条は財産の価額を「当該財産の取得の時における時価」によると定めており、この時価は客観的な交換価値を意味すると解されています。鑑定評価では正常価格に対応し、法人の会計処理で求められる時価も通常は正常価格です。つまり「時価を出してほしい」というご依頼のほとんどは、実質的に「正常価格を出してほしい」という意味です。それでも依頼目的を確認するのは、残りの少数のケースで取り違えると書面ごと使えなくなるからです。

正常価格 ― 大半の場面で求めるのはこれです

「合理的と考えられる市場」の3条件

正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいいます。その市場の条件は3つです。

  • 市場参加者が自由意思に基づいて参加し、参入・退出が自由であること(売り急ぎ・買い進み等の特別な動機がなく、通常の知識や情報を得ており、最有効使用(その不動産の効用が最も発揮される使い方)を前提に判断する参加者を想定する)
  • 取引形態が、市場参加者を制約したり売り急ぎ・買い進みを誘引したりする特別なものではないこと
  • 対象不動産が相当の期間市場に公開されていること

高級マンションでは「相当の期間」が長くなります

東日本不動産流通機構(東日本レインズ)「首都圏不動産流通市場の動向(2025年度)」(2026年4月17日公表)によれば、首都圏の中古マンションが登録から成約に至るまでの日数は平均82.6日でした。ただしこれは首都圏全体の平均で、価格帯の中心は数千万円台の住戸です。1億円を大きく超える都心の高級マンションは購入できる層が限られるため、公開から成約までにこれより長い期間を要するのが通常で、総戸数の少ないヴィンテージマンションでは年間の成約が数戸にとどまることもあります。

したがって「3か月で必ず売れる価格」を正常価格と呼ぶことはできません。正常価格は、その物件の市場に見合った相当の期間を公開したうえで成立するであろう価格です。売り急ぎを織り込んだ金額を正常価格と称することは、鑑定評価として成り立ちません。

限定価格 ― 買い手が限られると価格は上がります

基準が例示する3つの場合

限定価格とは、市場性を有する不動産について、併合または分割等に基づき正常価格と同一の市場概念の下で形成されるであろう市場価値と乖離し、市場が相対的に限定される場合における取得部分の市場価値を適正に表示する価格をいいます。基準の例示は次の3つです。

  • 借地権者が底地の併合を目的とする売買に関連する場合
  • 隣接不動産の併合を目的とする売買に関連する場合
  • 経済合理性に反する不動産の分割を前提とする売買に関連する場合

高級マンションで問題になるのは2つ目の併合です。限定価格は「取得する側にとっての価値」であり、買い手が実質的に限定されるために正常価格から乖離します。

想定されるケース:隣接住戸の買増し

都心のタワーマンションで80平方メートルの住戸Bを所有する方が、隣の同面積の住戸Aを買い取り、160平方メートルの一体住戸として使うことを検討しているとします。都心の高額帯では広い住戸の供給が少なく、大型住戸は単位面積あたりで割高に取引される傾向があります。

項目金額
対象住戸Aの正常価格(80平方メートル)1億6,000万円
依頼者所有の住戸Bの価値(80平方メートル)1億6,000万円
併合後の一体住戸の価値(160平方メートル)3億6,000万円
併合による価値の増分4,000万円
増分のうち住戸A側への配分(2分の1と見た場合)2,000万円
対象住戸Aの限定価格1億8,000万円

住戸Aの正常価格は1億6,000万円ですが、住戸Bの所有者にとっての価値は1億8,000万円になります。差の2,000万円は併合によって初めて生まれる価値であり、住戸Bを持たない第三者には実現できません。だからこそ市場が相対的に限定されるのです。なお増分の配分は併合の必要性や当事者の交渉上の立場を踏まえた判断で、常に半分ずつになるわけではありません。

相続で共有になったマンションを共有者の一人が買い取る場面も同じ構造です。持分を第三者に売るなら共有減価(単独では自由に使えないことによる価格の下落)を織り込んだ正常価格ですが、他の共有者が買い取れば単独所有に復するため、その買い手にとってだけ特別な価値が生じます(「相続で共有になったタワマンはどう解消する?― 持分の価値は割合どおりではありません」参照)。

特定価格 ― 「早く売るから安く」は特定価格ではありません

基準の例示はすべて法令等が背景にあります

特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする鑑定評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさないために正常価格と乖離することとなる場合における経済価値を適正に表示する価格をいいます。基準の例示は次の3つです。

  • 証券化対象不動産(不動産投資信託等の資産として取得・保有される不動産)に係る鑑定評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を求める場合
  • 民事再生法に基づく鑑定評価目的の下で、早期売却を前提とした価格を求める場合
  • 会社更生法または民事再生法に基づく鑑定評価目的の下で、事業の継続を前提とした価格を求める場合

定義の中核は「法令等による社会的要請を背景とする」の部分です。断言します。当事者が個人的に急いでいることは、特定価格を求める理由になりません。2つ目の例示に「早期売却を前提とした」とあるため誤解されやすいのですが、これは民事再生法の手続の中で早期売却が要請される場面を指しています。

誤解しやすい4つのご相談

よくあるご相談実際に求める価格
離婚協議を急ぎたいので早期売却前提で正常価格。売却期間の見込みは別途の検討事項
相続税の申告で評価額を下げたいので正常価格。相続税法第22条の時価は客観的交換価値
法人の減損テストで時価を把握したいので正常価格。自社の事情は価格の種類を変えない
同族間で安く売買したいので正常価格。低額譲渡の判断は税理士にご確認ください

高級マンションで特定価格が正面から問題になるのは、賃貸住宅を裏付資産とする証券化案件や、法人の再建手続の中で保有レジデンスを評価する場面です。減損会計(保有資産の収益力が低下したときに帳簿価額を引き下げる会計処理)における時価の把握も正常価格であり、特定価格ではありません。個人の相続・離婚・売買ではまず登場しません。

価格の種類を取り違えるとどうなるか

想定されるケース:遺産分割に限定価格の評価書を出した場合

先ほどの例を遺産分割に置き換えます。被相続人が住戸Aを所有し、相続人Xが以前から自分の資金で隣の住戸Bを所有していたとします。Xが住戸Aの取得を望み、「自分が併合できる立場だから」という前提で限定価格1億8,000万円の評価書を用意したとします。

遺産分割で分けるべきは遺産そのものの価値です。住戸Aを第三者に売却して実現するのは1億6,000万円であり、2,000万円の増分は相続人X固有の事情から生まれる価値です。これを遺産の価額に含めれば、他の相続人の取得額が過大に算定されるおそれがあります。計算過程が正しくても、依頼目的との対応を欠いていれば手続で機能しない書面になるのです。法律判断を伴う点は弁護士にご確認ください。評価額が分かれる仕組み全般は「同じマンションなのに鑑定評価額が違うのはなぜ?― 差が生まれる4つの分岐点」もご参照ください。

ご依頼時にお伝えいただきたい3点

価格の種類の取り違えは、最初の打ち合わせでほぼ防げます。次の3点をお伝えください。

  1. 誰に、何のために出すのか ― 調停の相手方、税務署、金融機関、監査法人、社内の意思決定。提出先が決まれば価格の種類はほぼ確定します
  2. 依頼者と対象不動産の関係 ― 隣接住戸や共有持分を持っているか。併合の余地の有無で正常価格と限定価格が分かれます
  3. 根拠となる法令・手続 ― 民事再生や会社更生の手続内であれば、特定価格として求めなければならない場合があります

まとめ

「時価」という一語には、少なくとも4つの答えがあり得ます。正しい答えを選ぶ鍵は依頼目的です。要点を振り返ります。

  • 不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節は求める価格を4種類に分け、依頼目的に対応した条件から適切に判断すべきものと定めている
  • 相続・離婚・売買・担保・減損といった高級マンションの評価の大半は正常価格の領域で、相続税法第22条の時価も正常価格に対応する
  • 正常価格の前提には「相当の期間市場に公開されていること」が含まれる。首都圏の中古マンションは登録から成約まで平均82.6日(東日本レインズ、2025年度)だが、1億円超の都心住戸ではより長い期間を見込む
  • 限定価格は併合や分割で市場が相対的に限定される場合の価格。想定ケースでは正常価格1億6,000万円に対し1億8,000万円となった
  • 特定価格は法令等による社会的要請を背景とする場合に限られ、証券化対象不動産・民事再生・会社更生が基準の例示。当事者が急いでいることは理由にならない
  • 価格の種類を取り違えた評価書は、計算過程が正しくても手続で機能しないおそれがある。法律判断は弁護士、税務上の取扱いは税理士にご確認ください

相続や離婚で都心のマンションの評価が必要になった方、法人保有レジデンスの時価把握を任されたご担当者、依頼者のために鑑定依頼書を整えたい弁護士・税理士の先生は、まず「この書面を誰に何のために出すのか」を言葉にしてみてください。そこが決まれば、価格の種類は私たち鑑定士が判断できます。

都心の高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方は、初回無料相談をご利用ください。依頼目的を伺ったうえで、求めるべき価格の種類、鑑定評価書と価格等調査報告書のいずれが適しているか、概算費用と納期をご案内します。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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