過去時点の鑑定評価とは?― 相続開始日・別居日の価格を今から求める方法
何年も前の価格時点の不動産は鑑定できるのか。過去時点の鑑定評価が必要になる相続開始日・別居日・取引日の場面と、当時の事例と時点修正で価格を求める手順、資料が乏しい場合の限界を、タワマンの想定ケースで鑑定士が解説します。

「5年前に亡くなった父のタワーマンションが、相続開始日にいくらだったのかを示してほしい」「別居した3年前の時点の価格で財産分与を計算したい」――過去時点の鑑定について、このようなご相談をいただくことがあります。不動産会社の査定は「今いくらで売れるか」を示すものなので、何年も前の価格を求められると困ってしまう方が少なくありません。
結論から申し上げると、過去の一時点を価格時点とする鑑定評価は可能です。不動産鑑定評価基準は、価格時点を「現在時点」「過去時点」「将来時点」に分けており、過去時点の鑑定評価は、対象不動産の確認ができ、当時の取引事例や市場の資料が集められる場合に限って行えると定めています。つまり、何年前まで遡れるかは年数ではなく「当時の資料が残っているか」で決まります。
本記事では、過去時点の鑑定評価が必要になる典型的な場面を整理し、当時の事例と時点修正で価格を導く手順を想定されるケースで示したうえで、資料が乏しい場合の限界まで、私たち鑑定士の視点で解説します。
過去時点の鑑定評価が必要になる4つの場面
価格時点は「いつの価格か」を決める基準日
価格時点(価格判定の基準日)とは、鑑定評価額がいつの時点の価格なのかを示す日付です。不動産鑑定評価基準は総論第5章で、価格形成要因は時の経過により変動するため、不動産の価格はその基準日においてのみ妥当すると述べています。同じマンションでも、価格時点が変われば鑑定評価額は変わります。依頼の目的が「過去のある日の価格」を求めているなら、価格時点もその日に置かなければなりません。
過去の日付が問われる典型的な場面
実務で過去時点の鑑定評価が求められるのは、次のような場面です。
| 場面 | 価格時点 | 根拠となる考え方 |
|---|---|---|
| 相続税の更正の請求・税務調査 | 相続開始日 | 相続税法22条(取得の時における時価) |
| 遺留分侵害額請求・特別受益 | 相続開始日 | 民法1043条(相続開始の時の財産の価額) |
| 財産分与の基準時の検討 | 別居日など | 対象財産の確定時と評価時の整理 |
| 同族間売買・資産管理会社への移転の検証 | 取引日 | 取引時点の時価との乖離(低額譲渡等) |
相続税の更正の請求は、原則として法定申告期限から5年以内であれば行えます(国税通則法23条1項)。申告から数年経ってから「通達による評価額が時価を上回っていた」と気づいた場合も、相続開始日を価格時点とする鑑定評価書が根拠資料になります。ただし、更正の請求が認められるか、どの手続をとるべきかは税務判断ですので、税理士にご確認ください。
高級マンションで過去時点の価格が争点になりやすい理由
都心の高級マンション・タワーマンションは、この数年で価格が大きく動きました。国土交通省の不動産価格指数(住宅)でも、マンション(区分所有)の指数は上昇が続いています。価格が動く局面では、「今の価格」と「当時の価格」の差が数千万円単位になり、どちらの時点で評価するかで当事者の利害が正面からぶつかります。過去時点の鑑定が必要になるのは、まさにこの差が大きいときです。
相続開始日の不動産評価を今から求める手順
当時の取引事例を集める
過去時点の鑑定評価でも、手法は現在時点と同じです。マンションなら取引事例比較法(類似物件の取引価格から比べて求める手法)が中心になり、賃貸した場合の収益から求める収益還元法で検証します。違いは、使う事例が「価格時点の前後に成約したもの」になる点です。同じ棟・近隣棟で価格時点に近い成約事例を、レインズ(不動産会社が使う物件情報網)の成約データや国土交通省の不動産取引価格情報などから集めます。
時点修正で価格時点の水準にそろえる
事例の成約日は価格時点とぴったり一致しないため、その間の価格変動を補正します。これが時点修正です。不動産鑑定評価基準は総論第7章で、事例の時点が価格時点と異なり、その間に価格水準が変動している場合は、事例の価格を価格時点の価格に修正しなければならないとしています。修正率は、同じ棟・同じエリアの成約単価の推移や、不動産価格指数などの公的指標を組み合わせて判断します。
当時の状態で対象不動産を確認する
過去時点の鑑定評価で見落とされやすいのが、対象不動産そのものの状態です。相続後に内装をリフォームした住戸や、相続開始後に隣接地へ別のタワーが建って眺望が変わった住戸では、「今の姿」をそのまま評価に使うことはできません。当時の間取り図・写真・管理組合の議事録・修繕履歴などから、価格時点の状態を再現して評価します。
想定されるケースで見る過去時点の価格の求め方
前提:5年前の相続開始日の価格が争点になったケース
2021年6月に相続が開始し、港区のタワーマンション30階・専有面積80㎡の住戸を長男が取得したとします。遺言により長男がすべての財産を取得したため、2026年になって次男から遺留分侵害額請求を受け、相続開始日の価格が争点になりました。現在の同程度の住戸の成約価格からは、2億4,000万円程度と見込まれています。
当時の事例と時点修正による試算
価格時点(2021年6月)の前後に成約した事例を集め、時点修正を行った結果が次の表です(数値は説明のための想定です)。
| 事例 | 成約時期 | 成約単価(1㎡あたり) | 時点修正後の単価 |
|---|---|---|---|
| A:同じ棟の22階 | 2020年11月 | 190万円 | 196万円 |
| B:同じ棟の35階 | 2021年3月 | 225万円 | 228万円 |
| C:近隣棟の28階 | 2021年9月 | 206万円 | 203万円 |
ここから階層・眺望・方位・専有面積の違いを補正して対象住戸の単価を1㎡あたり210万円と判断すると、相続開始日の価格は210万円×80㎡=1億6,800万円となります。港区の平均単価を当てはめるのではなく、同じ棟・近隣棟の事例から住戸ごとの差を補正している点が重要です。超高級住宅地では、区の平均単価と実際の単価が大きく離れるためです。
どの時点・どの数字で計算するかで結果はこれだけ変わる
次男の遺留分割合を4分の1とし、この住戸以外に財産も債務もないと単純化して、遺留分侵害額を比べます。
| 評価の方法 | 住戸の価格 | 遺留分侵害額(4分の1) |
|---|---|---|
| 現在の価格をそのまま使う | 2億4,000万円 | 6,000万円 |
| 相続開始日を価格時点とする鑑定評価 | 1億6,800万円 | 4,200万円 |
1,800万円
価格時点の違いによる遺留分侵害額の差
想定ケース:現在価格2億4,000万円と相続開始日の価格1億6,800万円の比較
民法1043条は、遺留分を算定するための財産の価額を「相続開始の時」を基準に定めています。現在の価格で主張しても、法的に意味のある数字にはなりません。一方で、相続税申告の際の相続税評価額(財産評価基本通達による評価)は、市場価格とは目的も水準も異なるため、遺留分の算定にそのまま使うことにも無理があります。相続開始日を価格時点とする鑑定評価書があれば、双方が同じ土俵で議論できます。なお、遺留分の具体的な請求額や法的判断は弁護士にご確認ください。
過去時点の鑑定評価の限界と、依頼前に準備したいもの
何年前まで遡れるかは資料次第
国土交通省の不動産取引価格情報は、2005年7〜9月期の取引から提供されています。都心のタワーマンションであれば、同じ棟や近隣棟の成約事例が比較的多く、10年程度前の価格時点でも評価できるケースは少なくありません。反対に、20年以上前の時点や、取引がほとんどない特殊な物件では、事例や市場資料が集まらず、精度の高い評価が難しくなります。資料が足りないまま無理に鑑定評価額を出すことはせず、その場合は正直にお伝えします。
当時の資料が評価の精度を左右する
過去時点の鑑定評価では、依頼者の手元に残る資料が大きな助けになります。当時の売買契約書・重要事項説明書、住戸の間取り図、室内写真、管理組合の総会議事録や長期修繕計画、固定資産税の課税明細書などです。特にリフォームの有無や眺望の変化は、写真や日付入りの資料があるかどうかで確認の精度が変わります。すべてがそろっていなくても評価は可能ですので、まずは手元にあるものを確認してください。
過去時点と現在時点の2時点で評価する選択肢
財産分与で別居時と現在のどちらで評価するかが争われている場合や、相続開始日の価格と現在の売却見込額を並べて検討したい場合は、2つの価格時点で鑑定評価を行う方法があります。基準時の考え方は財産分与の不動産評価は別居時?裁判時?で、相続税の調査対応での使い方は相続税の税務調査で不動産評価を否認されたら?で解説しています。また、価格時点の違いは鑑定評価額が分かれる大きな要因の一つです(同じマンションなのに鑑定評価額が違うのはなぜ?)。
費用の目安は、マンション1室の鑑定評価書が40万円〜、2時点(過去時点+現在)で評価する場合は+10万円〜です(いずれも税別)。遺留分や財産分与の調停・訴訟など争訟案件は、価格等調査30万円・鑑定評価書60万円(税別)を起点にお見積りします。詳しくは料金のご案内をご覧ください。
まとめ
過去時点の鑑定評価は、対象不動産の確認と当時の資料収集ができれば行うことができ、相続開始日・別居日・取引日といった「あの日の価格」を客観的に示す手段になります。
要点を振り返ります。
- 不動産鑑定評価基準は価格時点を現在・過去・将来に分けており、過去時点の鑑定評価は資料が集まる場合に限り行える
- 相続税の更正の請求、遺留分侵害額請求、財産分与、同族間取引の検証などで過去の日付の価格が問われる
- 当時の成約事例を集め、時点修正と住戸ごとの補正で価格時点の価格を求める。価格時点の後に分かった事情は織り込まない
- 想定ケースでは、現在価格と相続開始日の価格の差が遺留分侵害額で1,800万円の差になった
- 何年前まで遡れるかは年数ではなく資料次第。当時の契約書・写真・議事録が精度を高める
相続開始から時間が経ってから評価が問題になった相続人様、別居時点の価格を示したい離婚協議中の方、過去の取引の時価を検証したい法人のご担当者様、そしてこうした案件を扱う弁護士・税理士の先生にこそ、過去時点の鑑定評価を活用していただきたいと考えています。
過去時点の価格が問われる都心の高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方は、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談で、資料の状況を伺いながら評価の可否と概算費用をご案内します。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
階層・眺望で価格差の大きい住戸を不動産鑑定士がどう評価するか、必要になるケースや費用はタワーマンションの不動産鑑定のページでまとめています。
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