法人

M&Aの不動産デューデリジェンスで何を見る?― 買収先保有マンションの時価と評価論点

M&Aの不動産デューデリジェンスでは買収先が保有するマンションの何を見るべきか。簿価と時価の乖離が株価算定に与える影響を試算し、社宅・投資用・遊休の区分ごとに確認すべき賃貸借契約・管理状況・修繕負担の論点を鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約13分
M&Aの不動産デューデリジェンスで何を見る?― 買収先保有マンションの時価と評価論点

「買収先の会社が都心のタワーマンションを何室か持っている。M&Aの不動産デューデリジェンスでは、どこまで調べればよいのか」――企業買収を検討する経営者様、M&A担当者やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)の方から、このようなご相談をいただきます。財務・税務・法務のデューデリジェンスは専門家に依頼していても、保有不動産は「決算書の簿価を見て終わり」になっているケースが少なくありません。

結論から申し上げると、M&Aの不動産デューデリジェンスで最も重要なのは、保有マンションの「時価」を住戸ごとに把握し、それを株価算定の前提に正しく反映することです。取得から年数が経った都心のマンションは、簿価と時価が数千万円単位で離れていることが珍しくなく、時価を置き違えれば買収価格そのものがずれます。あわせて、社宅・投資用・遊休という使い方の区分ごとに、賃貸借契約・管理状況・修繕負担を確認しなければ、時価の数字自体が信用できません。

本記事では、私たち鑑定士の視点から、企業買収で保有不動産の評価が株価算定に与える影響を試算で示し、区分ごとに確認すべき論点と、鑑定評価を使うべき場面を整理します。

M&Aの不動産デューデリジェンスとは何か

財務デューデリジェンスとの役割分担

デューデリジェンス(買収前に対象会社の実態を調べる調査)は、一般に財務・税務・法務・ビジネスなどの分野に分けて行われます。財務デューデリジェンスでは、貸借対照表の資産・負債を実態に合わせて修正し、「実態純資産」を把握します。このとき不動産は金額が大きいにもかかわらず、会計士が自ら時価を算定するのではなく、外部の評価資料を前提に数字を置くのが通常です。つまり、不動産の時価を誰がどの根拠で出すのかを、買い手側が意識して決めておく必要があります。

物理的調査と価格の調査は別物

不動産デューデリジェンスには、建物の劣化・遵法性・環境リスクを調べる物理的調査(エンジニアリングレポート)と、権利関係・契約関係を調べる法的調査、そして価格を求める経済的調査があります。オフィスビルや物流施設の取引ではこれらを一式で行うのが一般的ですが、区分所有のマンションを数室持つ会社の買収では、どれも省略されがちです。区分所有マンションは建物全体を管理組合が管理しているため、物理的調査の多くは管理組合の資料で代替でき、そのぶん価格の調査に重点を置くのが合理的です。

株式譲渡なら不動産の名義は動かない

株式譲渡による買収では、不動産の所有者は対象会社のままで、名義変更は生じません。不動産取得税や登録免許税もかかりません。一方で、事業譲渡や会社分割で不動産を移す場合は、移転に伴う税負担や登記の手続きが論点になります。どのスキームが有利かは税務判断ですので、必ず税理士にご確認ください。会社分割で不動産を移すときの時価の考え方は、会社分割の不動産は簿価?時価?で詳しく解説しています。

株価算定で保有不動産の時価はどう効くのか

時価純資産法では含み益がそのまま株価に乗る

中小企業や資産保有型の会社の株価算定では、時価純資産法(資産・負債を時価に置き換えて純資産を求める方法)が単独で、あるいは収益性に着目する方法と併用して使われます。時価純資産法では、保有マンションの含み益・含み損がほぼそのまま株主価値に反映されます。DCF法(将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く方法)を中心に据える場合でも、事業に使っていない不動産は「非事業用資産」として時価で別途加算するのが一般的で、いずれにしても不動産の時価が株価を左右します。

想定されるケース:簿価のまま算定した場合のずれ

ここでは、都心のマンションを3室保有する対象会社を想定して試算します(数値は説明用の仮定で、税効果は法人実効税率を約30%と仮定して簡略化しています)。

保有マンション帳簿価額時価含み損益
A:役員社宅(港区タワー高層階)9,000万円2億1,000万円+1億2,000万円
B:賃貸中の投資用2室(中央区)1億2,000万円1億5,000万円+3,000万円
C:空室の遊休住戸(江東区)6,000万円5,000万円−1,000万円
合計2億7,000万円4億1,000万円+1億4,000万円

対象会社の簿価純資産が3億円だとすると、含み益1億4,000万円を加えた時価純資産は4億4,000万円です。さらに、この含み益を将来実現したときに課される法人税等(含み益×約30%=4,200万円)を差し引くと、修正後の純資産は約3億9,800万円になります。簿価のまま交渉していれば約1億円の差を見落とし、逆に売り手側の高めの査定をそのまま受け入れれば、買い手が払いすぎる計算です。

税効果を引くかどうかも論点になる

含み益に対応する税金(繰延税金負債)を差し引くかどうかは、買収後に不動産を売却する予定があるか、株価算定の目的は何かによって判断が分かれます。上の例では4,200万円の差になり、買い手と売り手の交渉で必ず争点になる部分です。どちらを採るにしても、前提となる時価が根拠の乏しい数字では、議論の土台が崩れます。株価算定方法や税効果の扱いは、FA・公認会計士・税理士とご相談ください。

区分ごとに確認すべき論点 ― 社宅・投資用・遊休

社宅:賃料と使用実態を確認する

役員社宅として使っている住戸は、会社が役員から受け取る賃料が相場より極端に低いと、差額が役員給与(経済的利益)として課税される問題を抱えている可能性があります(所得税基本通達36-40以下)。買収後に社宅の扱いを見直す場合は、空室にして売るのか、賃貸に回すのかで評価の前提も変わります。タワーマンション社宅の賃料水準の考え方は、役員社宅の適正賃料はいくら?をご覧ください。

投資用:賃貸借契約の中身が価格を決める

賃貸中の住戸は、空室で売る場合の価格ではなく、賃貸借契約を引き継いだ状態の価格で評価します。普通借家か定期借家か、賃料が相場と比べて高いか低いか、敷金の預り額、滞納の有無を、賃貸借契約書とレントロール(賃貸条件の一覧表)で確認します。普通借家で賃料が相場より低い場合、借地借家法により借主の立場が強く保護されるため、すぐに賃料を上げたり明け渡しを求めたりすることは困難です。その分、収益還元法(将来の賃料収入から価格を求める方法)で求めた価格は、空室前提の価格より低くなるのが通常です。

区分主な確認資料価格への主な影響
社宅社宅規程・賃料の決定根拠・使用者買収後の用途で評価前提が変わる
投資用賃貸借契約書・レントロール・敷金契約条件を引き継いだ価格になる
遊休空室期間・維持費・売却活動の記録減損の兆候と保有コストを確認
共通重要事項調査報告書・長期修繕計画・総会議事録修繕負担・管理状態が価格に影響

遊休:含み損と保有コストを見る

空室のまま使われていない住戸は、取得時期によっては含み損を抱えています。減損の兆候があるのに処理されていなければ、財務デューデリジェンスでの修正対象になります。管理費・修繕積立金・固定資産税は空室でもかかり続けるため、買収後に保有を続けるのか売却するのかの判断材料として、時価と年間の保有コストを並べて把握しておくことをおすすめします。決算での時価把握の考え方は法人保有レジデンスの減損テストで解説しています。

管理状況と修繕負担を見落とさない

管理費の滞納は買収後も会社の負担として残る

区分所有法では、管理費・修繕積立金の滞納分は、その住戸を取得した特定承継人にも請求できると定めています(区分所有法8条)。株式譲渡では所有者が変わらないため、対象会社の滞納はそのまま買収後の会社の債務として残ります。管理会社が発行する重要事項調査報告書(管理費・修繕積立金の額、滞納の有無、大規模修繕の予定などをまとめた書類)を住戸ごとに取り寄せ、簿外の負担がないかを確認します。

修繕積立金の不足は将来の負担になる

タワーマンションは外壁や設備の修繕費が大きく、長期修繕計画に対して積立金が不足していると、将来の一時金徴収や大幅な値上げにつながります。買収時点で積立金の残高と計画を確認していなければ、取得後に想定外の支出が生じかねません。修繕積立金の不足を見抜く方法は、築25年超のタワマンで一時金は出るかで詳しく解説しています。

管理規約による利用制限

管理規約で事務所使用や短期賃貸が禁止されている棟では、買収後に想定していた使い方ができないことがあります。総会議事録には、規約改正の予定や管理組合と区分所有者の紛争が記録されていることもあるため、直近数年分に目を通しておくべきです。

不動産の時価は誰がどう出すべきか

区平均や簿価は時価の代わりにならない

社内で時価を見積もるときに多いのが、区の平均単価や同じ棟の平均的な成約単価を当てはめる方法です。しかし都心のタワーマンションは、階層・眺望・方位・専有面積で単価が大きく変わり、港区・千代田区・渋谷区の超高級住宅地では実勢単価が区平均の数倍になることもあります。固定資産税評価額や相続税評価額も課税のための評価であり、市場で成立する価格ではありません。

鑑定評価書が交渉の共通言語になる

不動産鑑定評価基準は、取引事例比較法・収益還元法・原価法を適用し、それぞれの試算価格を調整して鑑定評価額を決めるよう求めています。賃貸中の住戸なら収益価格を重視し、社宅や空室なら同じ棟・近隣の成約事例から階層や眺望の格差を補正します。このように根拠と手順を第三者が検証できる形で示す鑑定評価書は、売り手と買い手の価格交渉や、買収後の監査対応で共通の物差しになると断言します。

価格等調査報告書との使い分けと費用

初期の検討段階で「保有マンションのおおよその時価」を知りたいだけなら、目的・範囲を限定した価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない価格調査)で足ります。最終の買収価格の根拠や、取締役会・株主への説明資料に使う段階では、正式な鑑定評価書を備えるのが安全です。マンション1室の鑑定評価書は40万円〜、価格等調査報告書は15万円〜(いずれも税別)で、複数の物件をまとめて評価する場合は1物件あたり+10万円〜が目安です。詳しくは料金のご案内をご覧ください。

まとめ

M&Aの不動産デューデリジェンスでは、保有マンションの時価を住戸ごとに正しく把握し、株価算定の前提に反映することが、買収価格のずれを防ぐ出発点です。

要点を振り返ります。

  • 株価算定では保有不動産の含み益・含み損がほぼそのまま株主価値に反映される
  • 簿価のまま交渉すると、数室のマンションでも1億円規模の差を見落とすことがある
  • 含み益に対応する税効果を差し引くかどうかも、交渉の争点になる
  • 社宅・投資用・遊休の区分ごとに、賃料・賃貸借契約・保有コストを確認する
  • 管理費の滞納や修繕積立金の不足は、重要事項調査報告書と長期修繕計画で確認する
  • 区平均単価・簿価・税務上の評価額は時価の代わりにならない

都心の高級マンション・タワーマンションを保有する会社の買収を検討している企業経営者様、M&A担当者様、FAの方にこそ、株価算定の前に保有不動産の時価を固めておくことをおすすめします。株価算定や税務の判断はFA・公認会計士・税理士にご確認いただき、その前提となる不動産の時価は当事務所がお引き受けします。

M&Aに伴う高級マンション・タワーマンションの評価をご検討の方は、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談で、評価の進め方と概算費用をご案内します。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

階層・眺望で価格差の大きい住戸を不動産鑑定士がどう評価するか、必要になるケースや費用はタワーマンションの不動産鑑定のページでまとめています。

FREE CONSULTATION

鑑定が必要かどうかのご相談だけでも歓迎です

記事に関連するお悩みについて、不動産鑑定士に直接ご相談いただけます。

関連記事

電話で相談無料相談を申込む